2023年9月10日(日)

▼どんでん返しは刑事ドラマの定番。おおむね善良とみられた人物が連行され、連日の厳しい取り調べを受けているうちに、意外な真犯人が分かる―というストーリーだが、松阪市の強盗事件では、消防署員という社会の信用度が高い職業人が逮捕・起訴され、一審の津地裁で無罪判決が言い渡された。あきれてドラマにはなりようもない

▼事件は、帰宅した80代の女性に包丁を示し、「金を出して」と脅して7万円を奪ったという粗雑な内容で、容疑は否認されていた。松阪署は防犯カメラの映像や聞き込み捜査から特定したと説明したが、津地裁の判決理由では言う。主な証拠の被害者方の足跡は量産品で「他の者が同型の靴を履いて犯行に及んだ可能性を否定できない」

▼防犯カメラも聞き込み捜査も、そんな足跡を補強するほどの証拠にはならなかったということだろう。逮捕・起訴という強力な公権力の発動に、なんというお粗末な捜査とは言えないか。判決で無罪になったからと言って、何もなかったことにはならないというのも、刑事ドラマでしばしば言及される。周囲の疑いの視線の中で、仕事も生活も陰に陽に制約される

▼警察官の窃盗事件が珍しくない中、消防士よお前もかと思った人も多いのではないか。近ごろの刑事ドラマは刑事がますます型破りになり、トリックは二転三転して、現実離れが進む。変わらないのは「10人の犯罪者を逃がしても、1人の冤罪(えんざい)を出してはいけない」という言葉であり、精神だ

▼作者、国民の共通の思いと言えようか。県警も検察もドラマを見習わなければなるまい。