2021年12月3日(金)

▼池波正太郎の時代小説は『真田太平記』はじめ好きだが、『鬼平犯科帳』は手に取る気にならなかった。なのにテレビドラマは熱心なファンなのだから、人の好みというのは奇妙だ。主役の二代目中村吉右衛門の実父、初代松本白鸚の当たり役でもあったが、そちらは関心がなかったので特にそう思う

▼吉右衛門の鬼平こと、火付盗賊改方長官、長谷川平蔵が好きだったのは軽口、しゃれ、冗談がひんぱんに飛び出す軽みだった。吉右衛門その人が顔をのぞかせている気もしたのである。30年近く続けて幕を下ろす最後の撮影を終え、吉右衛門はいつもと変わらず、ひょうひょうと風のように去って行ったという。鬼平そのものに思えた

▼名人とうたわれた初代中村吉右衛門の一人娘が母で、婿を取らせようとした父を「男子を産んで名を継がせる」と説得して初代白鸚に嫁いだ。「長男(二代目白鸚)は後を継がせ、次男の私はポイと養子に」(『徹子の部屋』で吉右衛門)

▼怖い母で、稽古では「もういっぺん」を繰り返し、舞台のダメを出し、自ら手本を示すが、いずれも的確だった。歌舞伎役者になりたかったのではと、二代目白鸚が書いている。覆ったのは評伝を読んで。6、7歳から父を思い続けていたという

▼父の意識がない中、足をさすりながら母は昔、チョコレートを父の巡業先に送った話を妹にした。白鸚がポツンと「松江だったねえ」と言ったという。平蔵は長谷川家の嫡男の死で本家に迎えられる設定。義理の母にいじめられた話をよくするが口調は明るい。自らの生涯がにじみ出ている気がした。