<1年を振り返って>政局、新たな船出 次期衆院選 県内候補者選びに注目

【自民党総裁選の開票作業に当たる県連の職員ら=9月13日、津市桜橋2丁目で】

政局が8月に大きく動き、与野党ともに新たな船出を迎えた年だった。与党では7年8カ月の長期政権を築いた安倍晋三前首相が辞任し、菅新内閣が発足。野党では平成29年の衆院選で分裂した旧民進系の勢力が再び合流し、衆院で百人を超える野党第一党が8年ぶりに誕生した。衆院の任期まで1年を切り、県内では与野党それぞれが抱える空白区の候補者選びに注目が集まる。

安倍前首相が8月28日に持病の悪化を理由に辞任の意向を表明。翌9月には安倍氏の後継を決める自民党総裁選が実施された。石破茂、菅義偉、岸田文雄の3氏が立候補。党県連は持ち分の3票の投票先を決めるため、独自に予備選を実施した。

県内の国会議員は3つに割れた。田村憲久衆院議員(三重1区)は石破派(水月会)に所属。三ツ矢憲生衆院議員(三重4区)は岸田派(宏池会)で事務局長、吉川有美参院議員は菅氏の推薦人を務めていた。それぞれが電話などで各候補者への支持を求めた。

3議員の支持が3つに分かれた中、川崎二郎衆院議員(三重2区)は所属する谷垣グループ(有隣会)が自主投票だった。県連幹部などによると、川崎衆院議員は劣勢が予想された石破氏を応援する田村衆院議員への協力を支持者らに呼び掛けていたという。

県内の党員・党友票では石破氏が4239票で最多。菅氏が2630票、岸田文雄氏が1630票を獲得した。得票数に応じて持ち分を「ドント方式」で配分。県連は石破氏に2票、菅氏に1票を投じたが、最終的には菅氏が新総裁に選ばれた。

こうした中、自民党県連で注目されるのは空白となっている三重3区の候補者擁立と、国政転出のうわさが絶えない鈴木知事の動向だ。3区は岡田克也衆院議員が君臨してきた選挙区。県連内で知事の待望論が高まる中、党関係者からは、鈴木知事が内々に県連幹部に次の衆院選で立候補する意向を伝えたという情報も漏れ聞こえてくる。その上で、3区と他の選挙区の擁立を巡る綱引きもみられる。

一方、野党勢力も8月に大きな転機を迎えた。水面下で続けられてきた野党再編の話が前進し、旧立民と旧国民による新党の結成が決まった。無所属での活動を続けてきた岡田氏は新党への参加を表明し、野党の再結集について「随分と時間がかかった」と語った。

菅政権が発足する前日の9月15日、新党「立憲民主党」が誕生。10月24日には新たな立民県連の設立総会が開かれ、代表に芝博一参院議員、顧問に岡田氏と中川正春衆院議員(三重2区)が就任した。県内野党の国会議員が久しぶりに同じ党に収まった。

ただ、全国的には大きな野党再編となったが、県内での野党勢力の構図はほとんど変わっていない。旧国民県連は解散したものの、新立民には合流せず、新たな国民県連が11月8日に発足。代表は引き続き金森正氏が務め、県内では分裂状態のままだ。

県内の旧民進系勢力の完全な再結集はかなわなかったものの、選挙で「三重県方式」を維持する考えでは一致。立民、国民の両党県連と連合三重、地域政党の「三重民主連合」と「新政みえ」の5者で空白の三重4区に候補者を擁立しようと協議を進める。

県内ではどちらも空白区の候補者が決まらないまま、一年の最終週に突入した。ある自民党関係者は鈴木知事について「嫁にも(国政に)早く行ったらと尻をたたかれているようだ」と国政転出に期待し、知事の表明待ちの状態。一方の立民県連は、芝代表は候補者を擁立する時期について「早ければ早いほうがいい」などと述べ、早期決着を目指す。双方ともに新体制で初の国政選挙が近づき、決断を迫られている。