2020年6月13日(土)

▼鹿児島県知事が同県議会で国民体育大会の年内解散の断念を表明し、県は栃木、佐賀、滋賀との4県連名で国や関係団体に、来年以降の開催県の意見も踏まえて「日本全体で影響が少ない結論」を出すよう要望した

▼「鹿児島県だけが準備をしてきたわけではない」と予定通りの開催を主張した鈴木英敬知事だが、9日には鹿児島の状況に「我がごとのように心が痛む」。要望書を提出した10日は「必死の思いで準備をしてきた立場だからこそ、鹿児島県の無念も分かる」。だからわれわれの立場も、という思いもよく分かる

▼三重とこわか国体で県開催は二度目。昭和50年の三重国体はオイルショック後の混乱で一時返上論も出た。「ケチケチ国体」と当時の田川亮三知事がよく振り返っていた。開会式会場の赤じゅうたんを紙で代替えしたというのが代表的〝自慢〟。「三重モデル」として、豪華華麗になる一方だった大会に歯止めをかけたとも

▼日本中を狂乱物価に巻き込んだオイルショックと、今回のコロナ禍。県開催国体には日本の大変革が付きまとう。大量のアスリートの県職員採用や、そのあおりでの採用中止など、前回国体には影の部分もある。県ならではの教訓が生かされず、似たような苦衷に県を陥れたようでもある

▼原因の一つは、当時の記録が残されていないこと。開催県が天皇杯を獲得するという国体の存続が問われた一巡目の反省点も、まるでなかったように繰り返されている。文書をきちんと残して、いつか起きるかも知れない万一に備える。新しい行政様式として、肝に銘じてもらいたい。