<1年を振り返って>尾鷲・荒神堂 市民らの力で再建

【川口さん(中央)から熊野古道や荒神堂について説明を受ける児童ら=尾鷲市の八鬼山山頂近くの荒神堂で】

熊野古道の世界遺産登録から15周年を迎えた今年、かつて「西国一の難所」といわれた熊野古道伊勢路の八鬼山山頂付近にある「荒神堂(こうじんどう)」(日輪寺)が、尾鷲市民らの力で再建された。朽ち果てたお堂の再建は関係者の悲願。有志でつくる保存会とプロジェクトチームが寄付を集め今秋、落慶法要が営まれた。

県教育委員会社会教育・文化財保護課によると、荒神堂は少なくとも400年以上前から信仰されていたとされる。お堂には1576(天正4)年の作と記録が残る石仏の「三寶荒神立像」のほか阿弥陀如来、薬師如来、観音菩薩の3体の石仏が祭られている。

同課の伊藤文彦主査は「荒神堂は伊勢から熊野三山を目指して旅する巡礼者の目印として役割を果たしていた」と語る。

荒神堂の再建は、尾鷲商工会議所女性部会の会長を務めていた野田隆代さん(61)らが八鬼山を歩いた際、荒れ果てた荒神堂を目にしたのがきっかけ。

野田さんらは「お堂を新しくしたい」と、昨年7月に「八鬼山荒神堂改修プロジェクト」を立ち上げ、野田さんが理事に就任。同年11月に一般社団法人「八鬼山荒神堂保存会」の会長にも野田さんが就任した。

プロジェクトのメンバーらが改修工事費を募り、取り組みに賛同する市内外の団体や有志から最終的に約2200万の寄付が集まった。お堂は市特産の尾鷲ヒノキなどを使って改修された。

野田さんは「ご先祖さまから受け継いできたお堂を一人の力ではなく、皆の力で新しくしたことを誇りにしてほしい。困難なことが起きても、皆の力で乗り越えていける」と話す。

今月8日、熊野古道語り部を約20年間務めた川口洋司さん(82)の案内で、尾鷲小学校3―5年生8人が同市向井の登り口から荒神堂を目指して約2時間半かけて歩いた。急峻な石畳や石段が続く険しい道だが、全員歩ききった。

荒神堂へ到着すると、川口さんは児童らに、尾鷲商議所女性部会が寄付金を募ってお堂を改修した経緯を説明。また、大漁祈願に訪れるなど、昔から住民の暮らしと密接な関係があったことも話した。

4年の内山瑛太君(10)は「初めて熊野古道を歩いた。道が急でしんどかったけど、楽しく歩けた」と笑顔だった。

荒神堂の再建について川口さんは「われわれ関係者の悲願だった」と目を細める。世界遺産に登録されてから今年で15周年を迎えた熊野古道については「世界遺産登録に尽力した仲間が高齢になって、引き継ぐという意識が薄れてきているように感じる。熊野古道は地域の宝であり、若い人に受け継いでいってほしい」と話す。

その上で「子どもたちが額に汗かいて難所を歩いたことで、世界遺産・熊野古道を引き継ぐという意識につながれば」と語る。

川口さんは若い人たちが関係機関と協力しながら、熊野古道の語り部の活動や保全活動に参加してもらい、世界遺産の古道を将来にわたって引き継いでほしいと期待している。