2019年7月18日(木)

▼大相撲は翌日未明のNHKのダイジェスト版を録画して見る無精なファンだが、一番好きな相撲取りは安美錦だった。英姿を見たのは幕内に返り咲いた昨年夏場所が最後だったが、毎場所十両の成績に一喜一憂していた

▼細い目がいい。全体を見る時には目を細め、一点を凝視する時は目を見開くというのが剣豪にしろ画家にしろ、鉄則だが、土俵上の安美錦は細い目をますます細くし、先手を取り、あるいは攻撃をかわしながら見事な技のさえを見せた

▼何よりも、勝負後の変わらぬ表情がいい。特に勝利後は、それが涼しげに見える。騒ぐな、当然の結果だろうと言っているようでもあるが、このごろは勝ち負けで表情が異なる力士が増えた。鼻の穴を膨らませるのはいい方で、小さくガッツポーズを見せたりもする。横綱白鵬さえ、賞金を受け取る姿はガッツポーズそのものだ

▼柔道も世界のJUDOになってガッツポーズはむろん、泣いたり、バンザイや跳んだりはねたりして喜びを表す日本選手も珍しくない。敗れた相手を思いやり、決して表情を変えぬ武道の精神を継承しているのは剣道くらいだろう。相撲は、両者の中間の危うさにいる

▼安美錦は賞金も手刀ならぬ指先でちょんちょんと切って何気なく受け取る。風雅の趣があり、ファンにはたまらない魅力だろう。関取在位一位ながら「勝負するために土俵に上がってきた。未練はない」とすっきりした表情で「気持ちは次に向かっている」。涙などはない。見せないのでもあろう

▼勝って平然、負けて泰然―古武士の風格を体現した力士がまた一人消える。