-11年間の修行経て独立 休日はソフトボール楽しむ- 「MOCHINO工業」社長 茂知野公宏さん

【「今後は自分が整備技術者を育成し、独立を支援していきたい」と話す茂知野さん=松阪市小津町で】

 松阪市小津町で、「MOCHINO工業」を平成25年に創業した。津市の建設機械メンテナンス会社で11年間の修行を経て独立し、ダンプカーやショベルカー、高所作業車などの建設機械の点検修理、小型移動式クレーンの取り付け作業などを手掛け、業績を伸ばしている。

 津市白塚町で2人兄弟の長男として生まれた。同居する祖父母にかわいがられて育ち、どこに行くのも一緒だった。人見知りの性格で、床屋で希望の髪型を聞かれても答えられず、常にスポーツ刈りだった。「本当は坊ちゃん刈りにしてもらいたかったのに」と懐かしむ。

 野球好きの父の影響で、小4から草野球を始め、中学は野球部活動に打ち込んだ。進学した鈴鹿高校でも野球部に入ったが、人付き合いがうまくいかず1年の途中で退部した。人見知りを克服するため、放課後に飲食店やスーパーマーケットでアルバイトをしながら、初対面の人とも会話ができるよう努力を重ねた。

 高2の秋、進路相談で担任に将来は車関連の仕事に就きたいと希望したことから、岐阜県の高山短大自動車工学科進学を勧められた。3年の夏休みにオープンキャンパスに参加し、車の修理をする学生らの姿を見て受験を決意した。

 自動車工学科では、車の構造や法規などの座学に加えてエンジンの分解・組み立てなどの実技を学んだ。休日は、祖父母からの援助とアルバイトで買った中古車で、親しくなった仲間とドライブを楽しんだり、車の改造について深夜まで語り合ったりした。

 早く社会に出て働きたいという強い思いから卒業を待たずに同短大を退学し、津市の清水工業に入社した。小型トラックにクレーンを取り付ける溶接技術やトラックの車検、クレーンの修理などを先輩社員らに教わりながら腕を磨く傍ら、夜は仕事に必要な資格取得に向けて勉強に励んだ。

 「独立を目指して働いてくれ」と言う社長の言葉が、起業への意欲を奮い立たせてくれた。クレーンや高所作業の資格に加え、移動式クレーン定期自主検査者認定証、3級自動車シャシ整備士、2級ガソリン自動車整備士資格などを次々と取得した。

 「そろそろ自分でやったらどうだ」という社長の後押しもあり30歳で独立を決意し、小津町にある清水工業の工場設備を借りて「MOCHINO工業」を創業した。清水工業社長とは、顧客により良いサービスを提供しようと、互いの在庫部品を調達し合ったり、急ぎの修理を手助けしたりと、独立後も協力し合っている。

 休日は、父伸夫さん(61)が監督を務めるソフトボールチーム「Zest」で、仲間と練習を楽しんでいる。「野球が生活の一部。仕事の疲れを吹き飛ばしてくれる」と話す。

 「頼まれごとは、試されごと」を座右の銘に、顧客の要望をしっかりと聞き取りながら仕事に向き合い、地域になくてはならない会社にしたいという。「技術があっても、専門的な資格を持たない人の受け皿となってくれた清水工業の社長を手本に、今後は自分が整備技術者を育成し、独立を支援していきたい」と熱く語った。

略歴: 昭和59年生まれ。平成15年鈴鹿高校卒業。同年高山短期大学自動車工学科入学。同21年2級自動車整備士資格取得。同25年「MOCHINO工業」創業。同29年津青年会議所入会。