-「孤独死なくしたい」 学生時代の思い胸に起業- 「元気じるし株式会社」社長 石山純さん

【「高齢者、障害者の方々の家族として寄り添っていきたい」と話す石山さん=四日市市大宮町で】

 四日市市大宮町で「元気じるし株式会社」を平成27年に創業。緊急時の連絡機器と見守りセンサーの設置、訪問ケアで、独り暮らし高齢者を24時間体制で見守る北勢地区初のサービスを始めた。

 現在は事業の幅を、①「見守りサービス」②「障害福祉サービス」③「訪問医療マッサージ」の3本柱に広げた。身元引き受けや成年後見、遺言・相続のサポートをはじめ、居宅介護支援、重度訪問介護、移動支援、児童発達支援、訪問医療マッサージなどのサービスを提供している。

 「愛・感謝・共笑」を社のモットーに掲げ、介護福祉士や看護士、重度訪問介護従事者などの資格を持つスタッフ40人が、常に愛を持って利用者に接し、感謝の心を忘れず、共に笑顔で日々励んでいる。

 80代の女性利用者は、何度か訪問ケアをする内に「若い頃は山登りが好きだった」と話すようになり、スタッフの提案で湯の山ロープウエーで山頂まで登った。眼下に広がるパノラマに「こんな景色がまた見られるなんて」と涙ぐみながら、車椅子を押すスタッフに何度も頭を下げていた。「早く死にたい」が口癖だったその女性は、その後「今度は動物園、水族館にも行きたい」と生きる楽しみを見つけてくれた。

 脳性まひの20代男性利用者の「熱田神宮に参拝して、名古屋名物のひつまぶしを食べたい」という移動支援の要望を受け、スタッフ2人が福祉車両に乗って希望のコースを回った。男性は目を輝かせ終始笑顔で一日を過ごし、男性の家族もスタッフと喜び合った。

 四日市市で2人兄弟の長男として生まれた。小学時代は野球、中学では軟式テニス部で練習に明け暮れ、中3で副キャプテンとして県大会出場を果たした。高校でも迷わずテニス部に入ったが、軟式から硬式への移行がうまくできず挫折を味わった。

 1浪後に名城大商学部に進学、同大大学院に進み、法学研究科を修了した。6年間の学生生活で勉学の傍ら、進学塾や葬儀社でアルバイトをした。中学受験の子どもたちの指導についてバイト仲間と語り合ったり、孤独死という形で人生の幕を閉じた方々へのやり場のない悲しみや無力感に悩んだり、アルバイトを通して多くを学んだ。

 卒業後は会計事務所に3年間勤務し、通信サービス企業に転職して16年たった頃、管理職として安定した生活の中で、学生時代の「孤独死をなくしたい」という思いがよみがえった。「高齢者が社会から孤立せず、元気で暮らすお手伝いができる仕事に後半の人生をささげよう」と起業を決意した。

 創業当初は、独り暮らし高齢者への見守りサービスが新手の詐欺ではないかと疑われ、なかなか信用を得ることができなかった。そこで、前職時代に合格していた税理士と行政書士資格を登録して相続や遺言を含めた終活サポートに仕事の幅を拡大した。

 信頼関係の構築に努め、5年掛かりでようやく事業を軌道に乗せることができた。スタッフが親しい友人らに声を掛けて共に働く仲間が40人に増え、市内に拠点を2カ所増設し、それぞれに福祉車両数台を配置してサービスの迅速化を図り、業績を伸ばしている。

 「元気じるし」の事業は本年度、独居高齢者という社会的課題の解決に取り組む企業の事例として、各地の大学の「地域活性化とコミュニティ・ビジネス」の教科書に取り上げられた。

 義母照子さん(77)、妻和美さん(45)、長女優花さん(15)、長男諒さん(12)の5人とトイプードルの愛犬モカが家族。「休日は皆で大好きなサッカーの試合を見に行ったり、モカと散歩したり、家族と過ごす時間が仕事への活力源になっている」と話す。

 「利用者の方々とスタッフ全員が元気じるしの大家族。高齢者、障害者の方々1人1人に笑顔になってもらえるよう、家族として寄り添っていきたい」と意欲を語った。

略歴: 昭和47年生まれ。平成9年名城大学大学院修了。同年「古川経営総合研究所」(現ミッドランド経営)入社。同12年「東名」入社。同27年「元気じるし」創業。同29年一般社団法人「ライフエンディング・ステージ東海」設立。令和元年石山純税理士事務所、元気じるし行政書士事務所開設。