―体に合った施術を―「ひよこ鍼灸サロン」「たまご鍼灸サロン」代表 倉田あかねさん

【「免許取り立ての鍼灸師向けに、開業をサポートするセミナーも開きたい」と話す倉田さん夫妻=津市鳥居町で】

鍼灸専門学校で8年間専任教員を務め、平成28年に津市鳥居町で女性専門鍼灸院「ひよこ鍼灸サロン」を開業。4年後、同所隣に姉妹院「たまご鍼灸サロン」をオープンした。完全予約制で、患者さんの体の悩みをじっくりと聴きながら改善策を考え、1人1人に合ったオーダーメードの施術が好評を得ている。

「ひよこ鍼灸サロン」では、更年期のほてりやのぼせ、めまい、イライラ、産後の不調、不妊や生理の悩みなど女性に特化した症状の施術をしている。時には、子どもの夜尿症や虚弱体質を心配して来院する母親もいる。

20年来の頭痛に悩んでいた50代女性は、月1度4回の施術で長年服用していた薬が不要になった。「こんな日がくるなんて夢のよう」と喜んでくれた。ものもらいが長引き、眼科医に手術を勧められていた小4の男児が母親と来院。指先のツボを中心に灸治療を施し、2週間ほどで完治した。「手術しないで治してくれてありがとうの言葉がうれしかった」と話す。

「男性の施術もしてほしい」という要望が増え、4年後に姉妹院「たまご鍼灸サロン」を同じビルの同じ2階フロアーに開設した。桑名市の鍼灸院で院長として勤務していた夫英幸さん(45)に頼んで、姉妹院を任せた。

立位直後に一過性の強い血圧低下が生じる起立性低血圧で、学校に行けないと悩んでいた男子高生に鍼灸の施術を施した。月2回3カ月の施術後、男子高生から「いろいろ話を聞いてもらって気持ちが楽になり、体調も良くなって学校に行けるようになった」と、うれしい報告があった。

沖縄で生まれ、埼玉で育った。幼少時から活発で、いつも近所の男の子たちと木登りや基地づくりをして遊んでいた。中学時代はバスケットボールに打ち込んだが、膝を痛めて長くは続けられなかった。精密機器会社の研究開発員だった父の仕事に憧れ、高校卒業後は城西大学理学部化学科に進学した。

就職先も決まり、卒論で忙しかった4年の冬、オートバイで帰宅途中に事故を起こした。左の腕と足の骨折で6カ月間の入院生活を余儀なくされた。骨が飛び出した下腿部分がふさがらず、医師から皮膚移植手術を勧められていた。そんな折、母の知人の紹介で鍼灸の施術を受けた。2週間ほどで皮膚が再生し始め、2カ月で医師も驚くほどに回復した。「体の内部に働きかける鍼灸治療の素晴らしさを、身をもって体験した」と振り返る。

教授らの力添えで卒業することができ、待ってくれていた塗料メーカーに3カ月遅れで入社した。光触媒の機能を持った溶剤の研究、開発に携わり、5年後に特許を得て商品化したのを区切りに退職し、鍼灸師への道を歩み始めた。

東京医療専門学校鍼灸学科で3年間学んではり師、きゅう師免許を取得後、2年間の教員養成科を経て教員免許も取得した。恩師の紹介でユマニテク医療大学校の鍼灸学科専任教員として三重県に赴任した。新卒者からリタイア後の男女まで幅広い年齢層の生徒らに指導を始めた。

3年後、教え子だった英幸さんと結婚し、長男宗尚さん(11)が生まれ、長女侑和さん(9つ)の出産を前に退職した。2年後、「体に不調を抱えている人を1人でも助けたい」という思いが強くなり、英幸さんのバックアップを得て開業を決意した。

開業後は、子どもの送迎や家事全般を英幸さんがこなしている。手乗り文鳥のミツとニーコがにぎやかに飛び回って皆を笑顔にしてくれる。英幸さんは合気道の道場を開いており、家族全員で週に2回合気道に通っている。

お灸は熱い、怖いというイメージを払拭し、気持ちよく高い効果が得られることを知ってもらおうと、現在、たまごサロンと市内のカルチャーセンターで、ほうろく灸やビワの葉灸、塩灸などを体験する「お灸講座」を開講している。月1回の講座を通して、お灸ファンが増えている。

夫婦二人三脚で「今後は、美容業界に携わる方々向けに、東洋医学でいわれる瘀血(おけつ)(血液の滞り)を改善して体調を整え、美容にも効果があるカッピングの講座を予定している。また、免許取り立ての鍼灸師向けに、開業をサポートするセミナーも開きたい」と意欲を見せた。

略歴:昭和48年沖縄県生まれ。平成7年城西大理学部卒業。同年「コルコート」入社。同16年東京医療専門学校卒業。同18年東京衛生学園専門学校鍼灸教員養成科卒業。同年ユマニテク医療福祉大学校入職。同28年ひよこ鍼灸サロン開業。令和2年たまご鍼灸サロン開設。

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