神話の2人の銅像解説 ヤマトタケルとオトタチバナヒメ 亀山で学習会

【「ヤマトタケル・オトタチバナヒメ」の銅像=亀山市御幸町のJR亀山駅前広場で】

【亀山】亀山宿語り部の会(豊田幸孝会長)は20日、三重県亀山市東町の市市民協働センター「みらい」で、学習会を開き、会員と市民ら計24人が参加した。

学習会は、会員同士が見聞を広める目的で、14人の会員それぞれが講師を務め、亀山にまつわる歴史や史跡、文化人などを題材に、毎月第3木曜に同センターで開いている。

【銅像について解説する鈴木さん=亀山市東町の市市民協働センター「みらい」で】

この日は、鈴木壽一さんが担当。同市御幸町のJR亀山駅前広場に今年1月、建立された「ヤマトタケル・オトタチバナヒメ」の銅像について解説した。市内能褒野の地に御墓があるヤマトタケルは、古代伝説の英雄の人として古事記や日本書紀に記されている。

銅像は、市民有志らで立ち上げた実行委員会が資金を募り、文化勲章受章者で市の名誉市民の彫刻家・中村晋也氏(同市出身・鹿児島市在住)が制作した。高さ2・3メートルの桜御影石に刻まれた「愛うるはし」の台座の上に、西の方角へ右手をかざす高さ2・4メートルのヤマトタケルと、寄り添う妃のオトタチバナヒメ。

鈴木さんは「中村氏は、制作にあたりヤマトタケルの御墓がある『能褒野神社』や、オトタチバナヒメ生誕の地とされる『忍山神社』に幾度も訪れ、ふるさと亀山を思う気持ちを銅像に託したと話されていた」とし、「タケルのかざす右手の先は、亀山の未来への希望を表現しているとも感じられる」と話した。

また、「東国に出向いたタケル一行に同行したオトタチバナヒメが、荒ぶれる海の神を鎮めるため、自ら海に身を投げたことから、オトタチバナヒメ(像)の足下には神饌として献上する『アワビ』が添えられていることにも注目してほしい」と語った。