2022年7月20日(水)

▼ただ一羽渡る雁あり胸いたむ―は太平洋戦争開戦時の首相で、極東国際軍事裁判でA級戦犯とされ絞首刑になった東條英機が妻かつ子に残した句。大方の日本人にも戦争を起こした張本人のように思われているから、群れからはぐれた自身のさびしげな情感が浮かぶ

▼が、かつ子には、ほかにもいくつか残している。「命二つよく持ちにけりことしの秋は」は、二人でよくここまでやってきたものだの意。「穂麦はみてながの旅路をふたり連れ」も同趣旨。「二世のちぎり彼岸に待たん蓮の花」は「あちらの岸で蓮の花にのって待っている」

▼遺書には、死に逝くは易いが、一人残って後のことをするのはつらいことだ。が、自分に代わって子供たちをみて、それをすましたら来い、と繰り返し書いてあったという。冒頭の句は、そんな妻への思いを表した

▼ちなみに、辞世の句は「我ゆくもまたこの土地へかへり来ん国にむくゆることの足りなば」。自分が死んでも遺志は継がれるみたいな勢い。そして敗戦から拘束されるまでの間、妻には「魂は公的には国家と共に、私的には御身と子供の上にあって守るべし、安心せよ」と語っている

▼東條英機の実像となると、戦犯として散って75年後のわれわれが簡単につかみ得るものではない。では75年前はどうか。もっと難しかったに違いない。「棺を蓋いて事定まる」は杜甫の詩の一節。人の評価は生前公平に下すことは難しく、死んだ後でなければ定まらないの意味

▼安倍晋三元首相を国葬とすべきかの評価になると、詩人の想像を超えているのかもしれない。