2021年10月10日(日)

▼ひと昔前なら、といっても刑法改正で条文が削除されたのは平成7年だが、尊属殺人ということになったのだろう。父親を殴る蹴るなどして死亡させた鈴鹿市の現実の事件は傷害致死罪に問われ、一審の津地裁の判決は懲役5年だった

▼死刑か無期懲役しかない尊属殺人とは量刑で比べるべくもない。明治刑法が戦後もそのまま継続されたが、法の下の平等を定める憲法に違反しないかの議論はあり、最高裁は「人類普遍の道徳原理、すなわち自然法」に基づくとした合憲判断している

▼その解釈が否定されたのは憲法議論ではなく、事件の審議で打ち出された判断だった。実父からの長年の性的虐待に堪えかねた殺人事件で心身耗弱などの情状を酌量しても執行猶予にできないことから尊属殺人の重罰規定を違憲と判断した。重罰規定が違憲で、尊属殺人罪は合憲の立場を取っていたが、重罰規定を改めることはなく以後22年間、一般殺人で審理した末、削除された

▼元農林水産事務次官が発達障害の長男を殺害した事件は尊属殺人とは逆で、長男の家庭内暴力や、長女が兄のために縁談が破談になり自殺し、母もそのために精神を病んだことなどが主張されたが、8年の懲役だった。こちらも、尊属殺人の思想は考慮されていない

▼津地裁の判決後に裁判員が会見し、補充裁判員の男性が「母親やきょうだいはできることはあったのではないか」。父親に内緒で食事を用意したり、声をかけたりできたのではないかという。尊属殺人は家庭内の知られざる事情を反映していた

▼削除後もそのことだけは変わらないようだ。