―独自カット技法が魅力― 貴金属専門店「キタオカ」社長 北岡太輔さん

【「地域になくてはならない店にしたい」と話す北岡さん=四日市市諏訪栄町で】

四日市市諏訪栄町の「キタオカ」は、銀細工職人だった祖父の故泰一さんが昭和2年、同市下新町(現・中町)で創業した「北岡貴金属店」が前身。当初は時計部品を組み立てて販売していた。

その後、大手時計メーカー数社の販売特約店となり、同26年に法人化して「北岡時計店」とし、同35年には近鉄百貨店内に貴金属店を出店、同45年「キタオカ」と社名変更、同48年に現在地に本店を構えた。

バブル期には県内外に9店舗を展開したが、バブル崩壊後は本店と近鉄百貨店内の2店舗とした。父泰爾さん(82)の代には、時計、宝石、眼鏡に加えジュエリーのリフォーム、補聴器販売、金地金の取引も始め、業績を伸ばした。平成29年、創業時からの社訓「信用を生命とする」とともに、父から経営を引き継いだ。

年2回、タイ・バンコクで高品質のダイヤやルビー、サファイヤ、エメラルドなどを買い付けて国内で製品化し、オリジナルブランド・ジュエリーとして販売している。ダイヤモンドの中に星やサクラの花が現れる独自のカット技法など、他店にない品揃えが魅力となっている。

昨年、本店2階にブライダル専門サロンを開設。プロポーズのための指輪を求めに訪れた男性に、本物そっくりの指輪を購入してもらい、彼女の承諾を得た後、2人で来店して好みの指輪を決め、プロポーズ用の指輪代金を差し引いて販売するというユニークな企画や、似顔絵作家による2人の婚約記念プレゼントもある。

四日市で3人きょうだいの長男として生まれた。教育熱心な両親の下、海星中・高時代は家庭教師に加え、塾通いの勉強漬けの日々だった。上智大学に進学し、経済学部で学ぶ傍らアメフトや水球、トライアスロンなど、中・高時代にできなかったスポーツを経験した。

卒業後は、米国・ニューヨークの権威ある宝石鑑定士専門学校「GIA」に留学。1年後、宝石鑑定士資格を取得、首席卒業でスピーチも任された。帰国後、父の紹介で東京の宝石専門商社「内原」に入社し、都内各所の大手百貨店の宝石売り場で販売を担当した。

3年後、父から戻るようにと言われ、入社した家業は好景気で事業を拡大して多忙を極めていた。しかし、バブル崩壊後は支店の撤退を余儀なくされ、父と共に5年がかりで企業再生を図り、経営を引き継いだ。

社長就任後、京セラ創業者の故稲森和夫氏が開塾した「三重心高会」に入会。全従業員が働きやすく、前向きに頑張れる環境づくりと、物心両面の幸せを図るべく、経営と人生哲学、貢献の精神を今も学び続けている。

実家の和食レストランの女将を務める妻と長女、長男の4人家族。「子育てと家事、仕事もこなし、皆の健康も気遣ってくれる妻には感謝しかない」と話す。

「令和9年には創業100周年を迎える。オリジナル商品の流通経路を確立し、年商アップを目指すとともに、時計・宝石・眼鏡・修理の店として、地域になくてはならない店にしたい」と熱く語った。

略歴:昭和44年生まれ。平成5年上智大学経済学部卒業。同年アメリカ留学。同6年「GIA」宝石鑑定士資格取得。同7年「内原」入社。同10年「キタオカ」入社。同29年「キタオカ」社長就任。