
四日市市富田の「進栄軒・リスドール」は、東京でパン職人の修行をした曽祖父の故倉吉さんが大正初期、同市東富田で創業した。四日市で1番長い100年を越える歴史を誇っている。
創業当時はパンがまだ珍しく、焼きたてのあんパン、ジャムパン、コッペパンの3種を提供して大繁盛した。昭和34年の伊勢湾台風で被災し、その翌年現在地に移転して営業を再開した。同58年、4代目の父昌太郎さん(78)が法人化し、県最大級の製パン店として人気を博した。店舗販売に加え、市内の食品雑貨小売店にも卸売りを始めた。
令和4年、会長に退いた父から経営を引き継ぎ、5代目となった。パンが知られていなかった時代に、パン職人を志した曽祖父の熱い挑戦心が、子から孫、ひ孫へと受け継がれてきた。
「おいしい」の一言。単純だが、奥が深い。日々の天候や温度、湿度を肌で感じながら生地をこねることから成形、発酵、焼成、包装まで心を込めて仕上げる。ベテラン職人ら従業員30人と共に早朝2時半から仕込みにかかり、人気の調理パンやロングセラーのパッションなどの菓子パン、食パンなど100種以上のパンが並び、店の外にもいい匂いが漂う。
「焼きたてパンの朝食が楽しみ」と毎朝、犬の散歩途中に立ち寄る人や、近鉄富田駅前とあって、早朝から通勤通学の人々でにぎわっている。「祖母の代から通っている」「毎日食べても飽きない味、値段の安さも魅力」「タマゴサンドが最高」などの声をうれしく思うと同時に責任の重さも感じている。「伝統の良さを残しつつ、常に改良を重ね新商品を考案。品質を落とさず、買いやすい価格設定を心がけている」と話す。
四日市で3人きょうだいの長男として生まれた。幼少期からスポーツが好きで、中学時代は硬式テニス選手として東海大会団体戦に出場した。高校ではバンド活動に熱中し、将来はギター奏者かギター制作の道に進みたいと考えていた。
親から家業を継げと言われたことはなかったが、周囲から跡継ぎだと言われ続けてきた。卒業を前に自身の中での決断を迫られ、進路担当教諭から勧められた製菓専門学校への進学を決意した。製パン科で1年間基礎を学んだ後、修行する店を探したが、どこも午前3時から午後10時までという就業時間で、自分には無理だとあきらめた。
その後、運送業や派遣会社のアルバイトなど職を転々としながら3年たった頃、父から「いい加減に定職に就け」と一喝され、進むべき道にようやく気づき家業に入社した。先輩職人から教わりながら技術を覚え、「本で学べ」と言う父の言葉に従って、夜間はパン技術に関する書籍を読んで知識を深め、工房で試行錯誤を繰り返し、納得のパン作りに励んだ。気づけばパン作りが楽しくて仕方なくなっていた。
妻菜々さん(41)と長男優陽さん(6つ)、次男柳さん(4つ)の4人家族。休日には、得意な料理の腕を振るったり、皆でサイクリングを楽しんだりしている。「居心地の良い家庭をつくってくれる妻に感謝です」と話す。
「パン職人として20年。今はパン作りが生きがい、天職だと実感している。地域に根ざし長く愛される店にしたい」と語った。
略歴:昭和57年生まれ。平成13年名古屋製菓専門学校卒業。同年運輸会社入社。同16年「進栄軒」入社。令和4年「進栄軒」社長就任。