エル・リコな時間・空間・建築 ~ 最高裁判所を訪ねる

最高裁判所全景 遠景。道を挟んだ向かい側には皇居を望むことが出来ます。

 最高裁判所を見学する機会を得ました。
「よっぽど悪い事をしないとここへ入ることはできない」とご一緒させていただいたある地方紙の社長さんが冗談でおっしゃっていました。

 と申しますのは、皆様ご存知のように、最高裁判所は憲法にかかわるような重大な判断を下す最後の裁判所です。たいていの場合、高等裁判所から最高裁に上告された事件は、書類審査の結果、「却下」となるケースが多いようです。見学とはいえ、最高裁判所大法廷の被告席に座られた方が、先の台詞を語られるのは正鵠を得ているといえます。

 東京都千代田区三宅坂近くにあります最高裁判所は、一九六九年公開設計競技(コンペ)において一位を獲得した、岡田新一氏(当時三十七歳)の設計によるものです。竣工は一九七四年四月。七十歳になった岡田氏が案内してくださるというので、全国から県紙の社長さんが多数集まった見学会となりました。

最高裁判所全景 近景。庇の上にあるガラス部分が貴賓室になっています。

 外壁は花崗岩、稲田石(茨城県産)です。地下二階、地上五階の六〇・〇〇〇㎡(十八・一五〇坪)の延べ床面積の建物が、敷地面積三十七・〇〇〇㎡(十一・一九二坪)に横たわっています。

 岡田氏によれば、ギリシャのアゴラの如き、市民の集う広場をイメージして大ホールをデザインしたとのことです。小法廷、大法廷は階上にあります。「市民が自由に集い議論し、上の階では裁判が行われて、市民はそれを壁際のソフアーに腰掛けて待つという理想的な姿を描いたのですが」「現実にはセキュリティその他の理由で、一度もそういった使い方は残念ながらなされていません」

 案内して頂いて勝手な言い草で恐縮ですが、裁判というものを牧歌的な薄っぺらな捉え方で、設計したものだなという印象を受けました。以下、忌憚(きたん)の無い小生の感想を述べさせていただきますが、建築界とは関係の無いジャーナリズムに身をおく者だから発表できる意見として、お許しいただきたい。(私も納税者の一人として、税金の使い方について意見を述べる権利は国民共通の権利としてあるわけですし、日本国民の皆様に情報を提供する義務もあるし、それを期待されているはずですから)大ホール奥に森の樹を形どった巨大な緑色のレリーフがあります。

 岡田氏によれば、「ヨーロッパでは森を切り開いて、二十m四方の空間を作り森の木に囲まれて裁判が行われたといいます」それを体(てい)して、大ホールの奥にこのレリーフを作成したというのです。とてもまともに聞くことができませんでした。役人や議員さん用の通り一遍の解説なら、それでお茶を濁せるでしょうが。

 「イエール大学大学院で遊学した際の、のびやかな空間体験が私の建築に大きな影響を及ぼしました」と見学会の席上、岡田氏は語られました。
日本国の裁判所の頂点に立つこの裁判所には隠されたものがあります。それを露(あらわ)にすると、日本の裁判制度が根本から揺らぎますから、建築施設としても知らん振りをしなければなりません。

 ずばり申し上げますと、宗教の問題が隠されているのではないでしょうか。不平等条約改正のため慌てて取り入れた日本国が採用している法律は(そして第二次大戦後与えられた憲法は)、欧米の慣習法と、キリスト教がバックになっています。仏教徒が多い日本国では、儒教的な慣習ともあいまって、フランス民法、英米法の解釈との不具合できしみが出ています。(例えば長男が財産を相続して、両親の老後の面倒を見るという慣習に対して、両親の面倒を見るのは慣習に従い、相続は戦後の平等相続の法律に従い、兄弟が遺産を売り払ってでも分割財産分与を要求する件など)

 過ぐる年、カナダ・ブリティッシュコロンビア州バンクーバーの州立裁判所を訪れたとき目にしたものは、屋根を兼ねた壁面が、全てガラス張りで斜めになった吹き抜け大空間のなかにある、目隠しされ、てんびん秤(はかり)を持つ巨大な女性像でした。神の前で公平に裁くことを意味するこの像は、引き締まった空間の中で、厳粛さと公平への誓いと願いを表現しているように思われました。この建築は建築家アーサー・エリックソンのコンペ一位作品です。

 裁判所建築は裁判官が一般の人と接触せず法廷に入ることができるように設計されています。最高裁の建築ではスペース・ウォールという概念が提出され、コンペにおいて評価されました。二重壁のごとくなった壁の中の空間を廊下として、裁判官のみが歩いて法廷に入り、退出する。その間、余人は判事に接触することは不可能であるというものです。最高裁の配置は皇居のお堀を正面にしてなされています。スペース・ウォールの正面にはスリットが切られていて、歩いていると、廊下の突き当たりの正面スリットから、皇居が見えるようになっています。

 玄関ホールの真上二階部分に貴賓室があります。横長の大きな窓から皇居が手にとるように見えます。じゅうたん、壁紙、天井クロス、カーテン、ケースメントは全て、京都の龍村の特製です。
小法廷、大法廷のドアノブに至るまで全て特製別注です。作者達は後に文化功労者等の輝かしい業績を修める様になりました。

 大法廷の壁にかかったタペストリー

 大法廷の壁には十五人の裁判官席の後ろとなる、傍聴席から見て正面前部の壁に西陣織の壁掛けが一対掛かっています。同じく後部壁面にも二枚一組の壁掛けが掛かっています。縦六・一五m、幅四mが前部で「太陽」を表現しています。後部のタペストリーは六・一五m、三mで「月」を表しています。インテリアだけでなく、外壁と同じく稲田石でできている壁面の吸音効果もあるようです。

 この壁掛けが実に無残なものであります。糸の染めが悪いのか、年月とともにくすんでしまったのか、デザインが悪いのか、織りが悪いのか、(愚考するに以上の全てが絡み合っているようですが)素人がいろんな色の絵の具を混ぜ合わすと陥る、濁った色合いのしろものとなってしまっています。五百七十㎡(百七十二坪)もある広い大法廷の奥にある壁掛けは「なにか、くすんだ古風呂敷が貼り付けてあるな」という第一印象でした。太陽を表していると説明を受けたときは、悪い冗談を聞いている心地がしました。

 関係者がお気を悪くされたらお許しいただきたいのですが、田舎の地方裁判所ではないのです。日本を代表する最高裁の大法廷であり憲法判断をするとき、最高裁の判例を変更する必要があるとき使用される法廷であります。断固とした、凛たる芸術作品が掲げられるべきではないでしょうか。「王様の耳はロバの耳」ではないですが、おかしな壁掛けはおかしいと法曹界に告げるべきだと信じます。岡田新一氏の責任ではないようです。岡田氏の説明によりますと、池大雅・河合玉堂・村上華岳の三人の絵からとって壁掛けを製作せよとの指示が、法務省の事務方からあったそうです。

 なぜこの三人なのですかと訊ねましたところ、三人の画家の指名は事務方の指示によるそうです。憲法判断をする最後の審判が行われる場所の背景が、はっきりしない、くすんだものであるのは、いかがなものでしょうか。あいまいな日本であればよいのなら、またなにをか言わんですが。

 裁判所内には小さな図書館があります。そこを案内していただいたとき救われた気分となりました。堂本印象さんの「聖徳太子巡行の図」の大きな絵が二枚、壁面の最上部に掲げられていました。すっきりとした清明な絵柄です。聖徳太子が馬に乗っていられる絵はほっとさせてくれました。思わずこんな憎まれ口をたたいてしまいました。「いやあ、この絵が無かったら、どこの国の裁判所かわからないですね」と。「国籍不明建築ですね、こりゃ」

 一九七〇年代の建築はこれでよかったのでしょう。欧米に追いつき追い越せで、アメリカに学びイエール大学に学び、デザインのソースをいただいて来て、振りかけていれば国内の評価も高かったのでしょうが。
二十一世紀には日本的なものを打ち出し、世界に真価を問う建築家の登場が期待されます。

入口。庇が作られています。

ホールの壁面。

正面入口より奥のレリーフを見る。