2022年9月18日(日)

▼旧統一教会の関連行事に出席するなど、議長就任前に教会の関係団体との関わりがあったことを認めながら、県議会の前野和美議長は具体的関係について「議長の立場としては明らかにするつもりはない」。今後の関係も「信教の自由もあるので明言する必要はない」と語っていたが、14日を経て「教会とは一線を画したいと思っている」と明言した

▼関係性について「議長として」「政務活動として」と難解な言辞を繰り広げてきた前野議長だ。この変化を「過ちては改むるにはばかることなかれ」(論語)とたたえては逆に「過ちて」とはどういう意味だと叱られるかもしれない

▼具体的関係についても「明らかにするつもりはない」から「深い付き合いはない」「案内に従って(行事に)出席した程度」へ、軌道修正気味だが、「過ちて」と思っているようではない。孔子はまた、二人の弟子の優劣を問われ、こう答えている

▼一人は行き過ぎているし、一人は及ばない。では前者が勝っているのですねと重ねて問われたというから難解な答えでもあったのだろう。孔子は「度を超えているのは、足りないことと同じ」と答え「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」の格言となって今日に残る。質問者は「過ぎたる」方が才気走ってよく思えたが、孔子は否定した。中庸の精神である

▼以来「過ぎるぐらいなら及ばない方がまし」のぐう意ともされているが、孔子はむろん及ばない方に軍配をあげたわけではない。前野議長の14日間が、「過ぎたる」か「及ばざる」かとなると、読者諸氏によって感触は分かれよう。