2018年9月9日(日)

▼約2週間ぶりに公務に復帰した廣田恵子県教育長が「入院して勉強になったこと」として、医療従事者の患者への対応を見て「弱い立場や現場の目線で考えるべきだと思った」。吉田兼好は徒然草で友達にしたくない人として「病なく、身強き人」を挙げる。なるほどこういうことか、と眼力に感じ入った

▼女性への足の引っ張り方がきつい県庁で、女性初の部長に就任し、教育長へと上り詰めた廣田教育長は、能力はむろんだが、負けん気も強かったに違いない。男性社会の中では、男性の敷いたルールでの競争を強いられることも、先駆者の宿命だろう。「現場目線」が職員か、県民を見据えてかは知らぬが、弱さを見せられない、弱さを否定してきた県人生をうかがわせてもいる

▼「弱い立場や現場目線」に覚醒したとしたら骨折は天啓か。教育長の2週間程度の休みで思い出すのは、昭和60年に県で開催した日教組大会の会場貸与に反対し、体調不良を理由に岐阜県の病院に入院した旧自治省出向の教育長だ。2、3日後見舞いに行ったら外出中で、サンダル履きの軽装で鼻歌交じりに帰ってきた。こちらに気づいた時のぎょっとした顔が忘れられない

▼続く県生え抜き教育長が休んだのは4、5日だったか。隣家との境界争いにいっぱい機嫌で乗り出し、殴られて目を腫らしたためだ。復帰後サングラスを外せなかった。一部新聞が責任を追及したことが逆に県、議会の応援団を増やし結束させたのが体質を物語ってもいる

▼廣田教育長の体験と松葉づえでの復帰は教育長としてはるかにましと言わねばなるまい。