2018年3月25日(日)

▼財務省の太田充理財局長が参院予算委員会で、野田佳彦首相当時に秘書官を務めていた経歴を引き合いに「安倍政権をおとしめるつもり」の答弁をしているのか問われて「いくらなんでも、いくらなんでも」と繰り返したのはおもしろかったが、興味深かったのはその前段の「公務員として、仕えた方に一生懸命仕えている」

▼野田政権の時は野田佳彦首相に、安倍政権の時は安倍晋三首相に、という意味だろうか。憲法は「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と規定しているが、仕える相手に国民という名がちょっとでも浮んだかどうか

▼森友学園決済文書改ざんは「政府全体の答弁は気にしていた」からで、改ざん前に安倍昭恵夫人の名があるのは「総理夫人だから」。公務員として矛盾はないのである。優生保護法が改正されて20年。不妊手術を強制された人々が陳謝と補償を求め、国連人権規約委員会が勧告、日弁連が意見書、国連女性差別委員会が質問書を出したても、厚生労働省は「当時は合法」を繰り返してきた

▼鈴木英敬知事も「国が指揮監督をしながらやってきた」。国の指示があったからやったというのである。映画監督の伊丹万作は『戦争責任の問題』で、ゲートルを巻かずに外出すると国賊だと憎悪の目を光らせたのは「親愛なる同胞」と語っている。戦後はみんなが「だまされていたと言い、だましたという人間は一人もいない」

▼知事も「まずしっかり国が対応を明示するのが筋」。「一生懸命仕えたのだから」と言いたいのか。で、だまされた、だまされたか。