2019年2月25日(月)

▼米国で交通事故の当事者になったら謝ってはならないと聞いたのは半世紀以上前のことだ。米国人は決して謝らない。謝ったら自分の非を認めたことになるからだ。その点、日本人はすぐ謝るから、全面的に責任を負わされてしまう、ということだった

▼日本人も変わった。財務省の国有地売却決裁文書改ざん問題はじめ各省庁に広がっていた障害者雇用水増し問題、そして毎月勤労統計の不正問題。謝らない光景を見せつけられてきた。文書改ざん問題では、国会で陳謝した理財局長に自民党議員から「安倍政権をおとしめるために意図的に変な答弁しているのではないか」と言われる始末

▼万事この調子だから、中立公平とされる第三者委員会もおかしくなってきた。与野党から「お手盛り」と批判された厚労省特別監察委員会の委員長は同省所管の労働政策研究・研修機構の理事長。日常的に監督される立場である

▼委員長が元高検検事長の障害者雇用検証委員会でさえ「(省庁の)主張を覆す証拠がない」という理由で意図的な水増しを否定した。「意図的とは故意、恣意的とは過失」と解説したが、恣意的とする証拠はあるのかどうか

▼構成が変わらぬ厚労省監察委が再調査しても結論が変わるものではあるまい。隠ぺいが統計部門を仕切る課長止まりで、局長級の関与が確認できないので「組織的隠ぺい」は再び否定する方向という

▼国民の代わりに委員を務めている自覚はないのだろう。米国で交通事故にあっても心配はなさそうだが、米国の文化人類学者も、日本文化を見てもはや「恥の文化」とは言うまい。