2017年10月31日(火)

▼特別支援学校と交流した全国の公立小中学校が2割に満たないという文部科学省の調査を見ると30年ほど前、県教委幹部に聞いた話を思い出す。「障害に対応できる専門の機関で教育を受けた方が、その子にとって幸せなのではないか」

▼津市の視覚障害児が、小学校の友達と別れるのが嫌だと盲学校進学を拒否し、中学校へ独自に通っていたころだ。盲学校はその後特別支援学校へ名前を変えたが、隔離教育の意識は東京パラリンピックに向けて政府が各学校に呼びかけたぐらいで変わるものではないということだろう

▼名称変更自体が障害者権利条約に伴う国内体制整備の一環。特殊教育諸学校と称していた盲、聾、養護の各校を形式上、特別支援学校に包含した。障害の種類で学校を分けておきながら交流を促すという矛盾は解消しない。幼いころから障害者を排除した社会環境が、偏見を含め、障害者を特別な存在とする感情や思い込みを育む温床になっている

▼特別支援学校には近年、入学希望者が増えているという。一方で、通常学級へ移った児童を見守り、いじめられている現場で介入したら「お前は関係ないじゃないか。オレはもう特殊学級じゃない」と血相を変えたと特殊学級担任が話していた

▼相模原障害者施設殺傷事件のあった施設の建て替えで、親たちは管理体制が整った従来並の大規模施設を望むのに対し、当事者団体らは小規模で地域と交流できる施設を主張し対立したという

▼特別支援学校の入学希望者の親たちも先の県教委幹部と同じ考えなのだろう。社会の偏見の厳しさを物語っている。