伊勢新聞

細胞レベルで体内観察 三重大が世界初手法 ウコン利用、患者負担減に期待

【クルクミンを散布して多光子レーザー顕微鏡で観察したヒルシュスプルング病患者の腸。神経細胞が特に明るい緑色に染まっている。神経が発達した部分(左)と未発達な部分(右)(いずれも小池准教授提供)】

三重大の研究グループが、ウコンに含まれる成分「クルクミン」を蛍光色素として利用し、体内の様子を多光子レーザー顕微鏡で観察することに成功した。研究グループによると、体内の組織を傷つけず、組織の内部を細胞レベルで観察する手法を確立したのは世界で初めて。この手法を手術中の病理診断に応用することで手術の際に切除範囲を減らし、患者の負担軽減につながることが期待される。

 ■手術中の病理診断

臓器や腫瘍を切除する手術では、切除する範囲を最小限にし、健康な部分を多く残すことが患者の負担軽減につながる。切除すべき病変部位が手術前に分からない場合、手術中に病理診断をして切除範囲を決めている。

手術中の病理診断は組織の一部を切り出し、顕微鏡を使って観察する。観察するまでに蛍光色素の導入など、最短でも30分ほどを要する処理が求められ、診断は切り出した部分に限られる。

そこで、研究グループは多光子レーザー顕微鏡に注目した。この顕微鏡は通常の顕微鏡とは異なり、組織の内部を観察できる。だが、観察には蛍光色素の導入が必要で、人の体内を観察するには人体に影響を与えない安全な色素が求められる。

 ■クルクミン

研究グループは約1000種類の食用色素を調査。ウコンに含まれるクルクミンに着目した。クルクミンはカレーのスパイスに使われる黄色の色素で、緑色の蛍光を発する。細胞に取り込まれて数時間で分解されることから、人体への悪影響はほとんどないとみられる。

顕微鏡で観察すると、クルクミンを取り込んだ細胞は緑色に染まっていた。特に神経細胞やがん細胞は濃い色になり、クルクミンをマウスに散布すると、これらの細胞をはっきりと見分けることができた。また、クルクミンを投与されたマウスで健康への影響は確認されなかったという。

 ■難病治療に活用

研究グループは先天性の難病「ヒルシュスプルング病」の治療に活用することを目指している。同病の乳児は腸の肛門側に神経細胞が発達しないことで腸の筋肉が動かなくなり、自力で排便ができなくなる。

治療法として、腸の神経細胞が未発達な部分を切除し、正常に発達した部分を肛門とつなぐ手術がある。腸の内部にある神経細胞の集まり方で切除範囲を決めるため、現在は手術中に腸の複数部分を切り出し、病理診断をしている。

研究では、ヒルシュスプルング病の乳児3人から切除した大腸にクルクミンを散布した。5分ほどで観察可能になり、多光子レーザー顕微鏡で腸の内部を観察すると、腸に触れることなく神経細胞が発達した部分と未発達な部分の違いを見ることができた。

【(左)ヒルシュスプルング病の病理診断。腸の一部を切り出し、腸内にある神経細胞を観察する。(右)今回の手法。クルクミンを散布して多光子レーザー顕微鏡を使うことで、腸に触れることなく腸内の神経細胞を観察できる。】

■次は臨床応用

研究成果は外科学のトップジャーナルの一つ「Annals of Surgery」に掲載された。研究グループは、この観察手法を実際の手術で応用するため、臨床試験に向けた研究を進めている。将来的にはがんの手術に応用することも考えているという。

論文の筆頭著者の小池勇樹准教授(小児外科学)は「生きている人の組織内を細胞レベルで観察できるようになる画期的な技術」と説明。「手術を受ける患者に大切なことは切除範囲を最小限にすること。手術中の病理診断に実用化して、患者の負担を軽減したい」と話した。