【熊野】三重県の熊野地方の有志らでつくる「熊野映画を創る会」が先月、第3弾の短編映画「熊野伝説Ⅲ 夕凪」の無料巡回上映を始めた。12年ぶりの新作に、監督の中田勝康代表(75)は「熊野に根付く自然美、神秘が心を温める」と強調する。
創る会によると、熊野地方にまつわる民話や伝承を映像に残そうと、平成22年に結成。監督をはじめ、俳優や製作陣ら全員が素人ながら、同年に「熊野伝説―加寿姫―」、24年に「熊野伝説Ⅱ 熊野比丘尼(びくに)おりん物語」を製作した。
今作の舞台は、江戸時代中期に捕鯨が盛んだった漁村で、現在の和歌山県新宮市三輪崎。貧しい農家の娘・おちづは、鯨漁から戻らない恋人・与一の身を案じ、熊野市の大丹倉にある神社へ願掛けの旅に出る。海と山を越えた2人の恋物語。
1作目から脚本を手掛ける同市木本町の畑中和子さん(58)が、三輪崎海岸の民話や大丹倉の「天狗(てんぐ)信仰」を基に書き上げた。三輪崎の鈴島・孔島のほか、鬼ケ城や伊勢路松本峠などをロケ地に選び、日本の原風景を通じて信仰を伝えている。
地元住民らでキャストを固めた過去2作品とは異なり、主要キャストは芸歴のある俳優を抜てきした。与一役は新宮市出身の中瀬古健さん(38)を配置。昨春のオーディションを経て、おちづ役は和歌山市出身の川原祥子さん(27)が射止めた。
主な撮影は昨年7月21―27日の約1週間。作品を掛け持つキャストらに配慮した日程という。炎天下、移動を含めた丸一週間の拘束に、畑中さんは「一日数カ所を車で巡り、移動疲れもあった。気が抜けなかった」と振り返る。
新宮市の補助金制度などを活用し、初めてドローン空撮を取り入れた一方、自主制作で低予算映画ならではの工夫も随所に見られる。捕鯨の漁船が難破するシーンを油絵で代用したほか、団子屋として登場する小屋も制作陣らで造り上げた。
創る会は会員らの高齢化を背景に、今作を「集大成」と位置付ける。中田代表は「歴史の教材に使えるくらいの自信作に仕上がった。完成度は非常に高い」と期待。畑中さんは「映画を見て熊野の信仰を身近に感じてほしい」と話している。
本編60分、熊野地方の観光PR映像20分の計80分。3月16日の愛媛公演を皮切りに、全国で巡回上映する。県内は6日のまなびの郷(紀宝町)や29日の県立熊野古道センター(尾鷲市)など、同市以南の4市町で上映する予定。
<記者メモ>
熊野地域の自然美に圧倒されました。想像力をかき立てる見せ方が、鑑賞者に結末の捉え方を委ねているよう。民話が映し出す文化や生活感情の違いを楽しんでみては。