-待っている客の顔浮かぶ 山間部から市街地、エリア拡大- 「古市商店」代表 古市裕さん

【「待っていてくれる方々の顔を思い浮かべながら、今後も頑張っていきたい」と話す古市さん=鈴鹿市石薬師町で】

 鈴鹿市石薬師町の「古市商店」は昭和2年、祖父母の故九市さんと故さゑさんが、製麺と大豆の卸業として創業した。父母の久さん(82)と裕子さん(78)の代には店舗を新築し、家庭用燃料や食品の小売りも手掛けるようになった。

 平成11年に父から経営を引き継いだ。10年前からは移動スーパーとして、鈴鹿、亀山、四日市の各地区の公会所や個人宅を巡回している。専用車には、早朝に仕入れた魚介類や肉類などの生鮮食品、冷凍食品、菓子、文具、下着など約500アイテムを満載し、買い物に困っている高齢者らに喜ばれている。

 顔なじみになった利用者から、取り扱いのない長靴やよしず、炊飯器などを依頼されることもあり、休日に買いそろえて次回の巡回日に届けている。また、切れた電球や割れたガラスの交換なども快く引き受け、手に負えない修理などは業者を紹介している。

 鈴鹿市で2人兄弟の次男として生まれた。小学時代から野球を始めたが、進んだ中高一貫校の海星中学には野球部がなく、続けられなかった。高校では勉強に身が入らず、2年の時、遊んでばかりではいけないと心を入れ替え、大学受験を当面の目標に、勉強に打ち込んだ。1年間、寝る間も惜しんで遅れを取り戻し、埼玉県の獨協大学経済学部に進学した。

 勉学の傍ら、先輩からオートバイの楽しさを教わり、親に買ってもらったオートバイでロードレースに出場するようになった。レースに出るため、アルバイトにも精を出した。中でも、「東京サミットで来日していた米・メディア関係者らの運転手としてアルバイトをした3週間は、貴重な体験だった」と振り返る。

 家業を継ぐ決意を固め、修行のため卒業後は大阪の酒類販売会社に入社。飲食店への納品、地域の一般家庭を回って注文を受けて配達するなど、2年間住み込みで働き、経験を積んだ。24歳で実家に戻り、本・支店2店舗ある古市商店の支店の方を手伝うようになった。

 10年ほど前、買い物に行きたくても行けない人が多い地域があることを、介護職の知人から聞いた。「ネット社会になっても、物流には人の手が必要。買い物に困っている人たちの所に、こちらから行って店を開けばいい」と、移動スーパーを思い立った。

 移動販売車を調達し、平成21年、「玄関先でお買い物」をキャッチフレーズに、移動スーパーをスタートした。当初は市内の山間部から始めたが、口コミやメディアで紹介されるようになり、市街地の買い物弱者からも「来てほしい」との要望が寄せられ、従業員と移動販売車を増やして、エリアを拡大してきた。

 長男一真さん(27)と3男尚士さん(22)は結婚して独立し、現在は両親と妻由美さん(52)、次男晶大さん(24)の5人暮らし。「息子たちには、好きな道に進んでもらいたい。経理と販売の両方で支えてくれる妻に心からの感謝を伝えたい」と話す。

 「車で食べな」と、手作りのおにぎりを差し入れてくれる利用者もいる。「クレームが多い時代ですが、『ありがとう』と言ってもらえる、やりがいのある仕事です。待っていてくれる方々の顔を思い浮かべながら、今後も頑張っていきたい」と目を輝かせた。

略歴: 昭和39年生まれ。同62年獨協大学経済学部卒業。同年「山岸商店」入社。平成元年「古市商店」入社。同11年「古市商店」代表就任。同21年移動スーパー開始。同28年危険物取扱者免状取得。