高精度の試作品で成長 スキーは指導員の腕前 工業用機械部品試作「水谷モデル」社長 水谷敏男さん

「販路の拡大とともに、社員の幸せを求めながら業績を伸ばしていきたい」と話す水谷さん=菰野町神森で

 菰野町神森の「水谷モデル」は昭和52年、四日市市新正で創業。同56年に会社組織に移行し、同62年には菰野町に工場を移転した。時代の進歩に伴い、職人技が求められた鋳物や鉄製の金型用マスターモデル制作から、最先端の光造型機や粉体造型機の導入によって、より高度で複雑な顧客のニーズに応えている。

 四日市市新正で6人きょうだいの5人目として生まれ、大家族の中で育った。プラモデル作りと草野球に夢中な幼少期を過ごし、港中と四日市南高時代は剣道に打ち込んだ。中3の三泗大会では、キャプテンとして団体戦優勝を果たした。高2で2段に昇格し、県大会でベスト8まで進んだ。「共に汗した仲間とは、今でも会うと剣道の話題で盛り上がります」と話す。

 卒業後、四日市市の木型製作所に就職し、ベテラン職人に木型造りの技をみっちりと仕込んでもらった。4年後、オイルショックの影響で受注が激減して退職し、転職した名古屋市の大手木型製作会社では、機械を使った木型製作技術を習得した。

 26歳の時、友人と共同経営でプラスチック加工会社を設立。自動車部品の試作品作りで、会社は順調に成長を続けていたが、2年後に独立を決意し、友人に会社を託して「水谷モデル」を創業した。友人の会社の協力会社としてのスタートだったが、2年ほどで軌道に乗せ、受注の増加に伴って社員を増やしてきた。

 「お客さまの望む物を、望む精度で、望む時間に、望む所へ」を水谷モデルの社訓に掲げ、48人の社員と共に高精度の試作品作りに励んでいる。平成11年、県内初となった米国製光造型機と粉体造型機を導入し、医療機器や家電、自動車部品メーカーなどの開発設計段階の試作品の製作依頼に応えている。

 毎年恒例の食事会や親睦旅行で社員との交流を深め、福利厚生の一環として、全社員の生命・傷害保険に加入して、大切な社員とその家族が安心して生活ができるように配慮している。創業45周年を迎える平成30年には、ハワイ旅行を企画している。

 学生時代は剣道に親しみ、卒業後はスキーに魅せられ、正指導員の資格を持つ腕前。企業活動の傍ら、スポーツ振興の奉仕活動にも力を注ぎ、平成10年には四日市体育協会理事長に就任した。同24年からは、同協会会長と県スキー連盟会長を兼務するようになり、体育全般の普及と選手の育成、強化に努めている。

 仕事とボランティア活動を理解し、家庭を守ってくれる妻信子さんの支えに、普段は口にしないが感謝の言葉をいつかきちんと伝えたい。長男直哉さん(34)は、現在、専務として会社を引き継ぐべく励んでくれている。

 「最新の技術と職人の技を駆使して販路を拡大するとともに、社員の幸せを求めながら業績を伸ばしていきたい」と語った。

略歴:昭和24年生まれ。同43年県立四日市南高校卒業。同52年水谷モデル創業。平成16年―17年ライオンズクラブ国際協会334―B地区キャビネット幹事。同24年四日市体育協会会長就任。同年県スキー連盟会長就任。