民主党のドタバタ劇及び民主主義の悪弊

まず、少し長いですが、この文章を読んでみてください。1997年ごろのものです。

「合衆国」とは何ぞや?

酒井直樹『死産される日本語・日本人』という本を読んでいたら、
<彼(香港人)に対して最も強く反発を感じるのは
(・・・・・)合州国において英国語や英国の象徴するものに対して
劣等意識を持ってしまう層の人々であった。(・・・・)
英国の持つ象徴的価値を中心にして合衆国はその文化的統合を行ってきた面が強いから、
英国性は合州国の・・・・>

と、しきりに「合州国」が出てくる。

「合州国」というのは「合衆国」をもじった程度の低い駄洒落にすぎない。
こんなもったいぶった文章のなかで、大まじめに駄洒落を持ち出すのは滑稽である。
書いた当人は滑稽と思ってないのだからいっそう滑稽だ。

雑誌『諸君』8月号に阿川尚之「アメリカは合衆国か、合州国か?」という記事がのっていた。
<さて六十年代初頭、南部を訪れた朝日新聞の本多勝一記者は、
アメリカ合衆国というのは正しくない、アメリカは合州国であるという説を披歴した。

そもそも「ユナイテッド・ステイツ」という言葉は州が集まった状態を示すので、
衆が集まったのではないという主張は、その通りである(・・・・・)アメリカは合州国か合衆国か。
この論争は今日でも続いている>

そんなあほらしい論争をだれがどこで続けているのだろう。

アメリカを「合衆国」としたのは江戸幕府の役人である。
嘉永六年、というのは例のペリーが黒船をひきいて浦賀にあらわれた年だが、
この時の幕府の文書にすでに「合衆国水師提督」などと見えている。

彼らは、ユナイテッド・ステイツ(結合した国々)を「衆」と訳したわけではない。
いくら幕府の役人が英語ができないったって、それほどバカではない。

幕府の役人がアメリカという国の一番の特色と思ったのは、その国には世襲の君主がいない、
ということであった。

今とちがって当時、つまり十九世紀なかばごろには、
王様も皇帝もいない国というのはめったになかった。アメリカはめずらしい国である。

それじゃいったい、誰がどうやって国を治めているのかと聞いてみれば、
国人が入札して「プレジデント」と称する四年交替の頭目を選び、
国人の代表が「コングレス」という名の集会所にあつまってやっているのだという。

そこで幕府の役人が思いうかべたのが、周礼という支那の古い書物だ。
理想的な政府の機構をしるした経典である。そのなかに「大封之礼合衆也」という文がある。
「国の境域を定める儀式の際は国人がみな集合する」という意味である。

国人が一堂に会して国事をおこなうのは、まさしくこの「合衆」にあたる。
それでアメリカを「合衆国」と呼んだのである。

「合」はユナイテッドで「衆」は「州」のまちがい、などというのは
よほどトンチキな人の言うことだが、こういう人たちは、
そもそもアメリカの各ステイト(国)を日本語で「州」と言うのがおかしいことに、
なぜ気づかぬのだろう。

日本語の「州」は、「県」などと同じく、地方行政区を呼ぶ名称である。
英語で言えば「プロヴァンス」くらいだろう。

対してアメリカの「ステイト」は、それぞれに憲法を有し、
独自の法律も作れば軍隊を持つ政治体であって、「コモンウエルス」ないし
「ネイション」と言いかえ得るものだ。そのステイトがユナイト(結合)した連邦共和国が
ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカである。

「合衆国」という日本語の名称が他に例がなくてわかりにくいなら、
「アメリカ連邦」あるいは「アメリカ連邦共和国」と言えばいいだけのことである。
なんで「合衆国」などとくだらない駄洒落を言い立てることがあろう。(引用終わり)

つまり、「衆人合して入れ札をなす」という政治形態であることを、
合衆国と称したのはさすがに幕府のインテリ役人であります。

また役人はこういうことも言ったそうです。

「まだそんな遅れたことをやっているのか。それは周の時代(紀元前のことです)に行われていて、
人気取り合戦になってしまって(衆愚政治)うまくいかなくなってやめた制度だ。」

民主主義が最も進んだ制度でもなんでもないのは、昨今の日本の政権政党の国家観なきままの、
猿山のボス争いを拝見していても、うなづけます。

最近、町にニホンザルが出没するのは、民主党代表選に出馬ならぬ、出猿するためかなと心配です。

ところで、引用した文章を書かれたのは、密かに尊敬する碩学高島俊男先生です。
無知蒙昧な、えせインテリを罵倒する切れ味は爽快ですね。