医龍と現実との間の深いクレバス(2003.1.10~17)

~ 保険証を持たない患者 第一篇 ~

 隔週刊のビッグコミック スペリオール 誌の人気コミックに「医龍」があります。

 Team Medical Dragon と副題が打たれ、「空前の大反響」「かつてなき本格メディカル巨編」と惹句(じゃっく)が列記されています。
昨年の弊社入社試験の最終選考での面接は、1月31日号に掲載された、この漫画を読んでもらうことから始まりました。
コミックの粗筋(あらすじ)は以下の通りです。

第一幕

 大学病院の救命病棟で、臨床実習に入った医学部5年生の森崎君。
医学部サークルの先輩でもある、大学病院外科医の伊集院に志望動機を聞かれて、

「こんな僕でも、誰かの命を救えたらなあって!」と答えます。

 伊集院は眼を伏せます。

第二幕

 白衣を着て病棟を歩く森崎君に、ナースステーションの電話機を握った看護師が呼びかけます。

「あっ、先生!急患の連絡が・・・!」

「えっ!先生?俺は・・・・・・」

「交通事故らしいですけど、受け入れますか!?」

(急患か・・・!!ふ・・・普通受け入れるよな・・・・・・)
「・・・・・・ハイ、受けてください。」

第三幕

 「バカタレェ!!」
「何 勝手にホットラインを受けたりしてんだ、ポリクリ!!」
(ホットライン=急患の受け入れ要請、ポリクリ=臨床実習生)
「何やったかわかってんの?学生が責任取れることじゃないんだよォ!?」

 腑に落ちない森崎君に,怒鳴った権藤講師は説明します。

「救急隊員の報告によると、・・・・国籍不詳の外国人でしょー!?」

 「保険証を持たない外国人の治療費は,病院が負担しなければならないだろォ」
「病院は慈善団体じゃない!みんなが迷惑するんだ。」

 「急患が外国人だったらこう言うんだよ」
「当直医の手は、今みんなふさがっています。」

「今夜の患者は、なんとか僕が追い返すから!!二度と外国人は受けちゃダメだよ!!」

 汗だくで立ち尽くす森崎君。

第四幕

 半泣きになって、当直中の伊集院先輩を、階段の踊り場に呼び出す森崎君。
伊集院はこう語ります。

 「外国人は、どこの病院でも嫌がるんだ・・・」

 「以前にも、うちで外国人を受け入れた医者が、やっぱり大目玉をくらったらしいよ・・・」
「その患者の場合は、衰弱の原因がなかなか判明しなくて、どこの科も押し付け合っちゃって・・・」

 「結局、不法入国者だと判明して、本国へ送還されたんだけど、最初に受けた医者は、本国の空港まで、引渡しに行かされたってよ。」

 「金の問題もあるけど、誰だってそんな面倒は嫌だ・・・」

 森崎君は叫びます。
「それが医者ですか!?センパイもそうなんですか!!」

 「うるさい!俺だって忙しいんだよ。そんなことでいちいち呼び出すな!」
と言い捨てて、悄然と階段を上がっていく伊集院。

第五幕

 外国人をのせた救急車が病院に到着します。
権藤講師の汗だくの言い訳に、救急車は他の病院を捜して出て行こうとします。車上の救急隊員はつぶやきます。

 「外国人とわかるとどこでもこうだ・・・!!」
「この患者・・・次の病院までは・・・もたない!!」

 そこへ、パンツ一枚の上に白衣を引っ掛けた、このコミックの主人公朝田龍太郎が立ちはだかります。森崎君から急を聞いたのです。

 「どこへ行くんだ!患者を早く下ろせ!!」

 同乗していた患者の付き添いである外国人にこう言います。

 「安心しろ、オレは医者だ!(アイ・アム・ア・ドクター)」
引用終わり

 ここまでお付き合いしていただいた皆様には感謝します。ところで、弊社の最終面接の最終設問は以下のごときものです。

 「あなたがこの病院の医師だとしたらどう感じ、考え、行動しますか。述べてください。なお、正解というものはありません。」

 皆様の回答を、次の文に移るまでにお聞かせくだされば幸甚です。私も皆様のお返事で勉強し、考えを深めたいと望んでいる次第ですから。

~ 深夜、救急車で次々に来る外国人たち。深いクレバス 第二編 ~

 弊社の入社試験の面接で、漫画を読ませて感想を聞く試みは始めてのことです。

 試験などいくらしても、その学生が使い物になるかどうかは仕事をさせてみないとわからないという諦観が、私たち試験側にあります。秋霜烈日と言う言葉が検事にはありますが、彼らより新聞記者のほうが何倍も働きます。体力、気力、志、をどう評価できるのか。こちらもそれほどではないのに。

 上智大学をかつて訪問したとき、四谷のキャンパスの学生向け掲示板に「マスコミ就職試験対策セミナー」の案内がありました。「SPY」などの適性試験を何種類かやらせて、どう答えれば高得点が取れるかを指導するものらしかったです。

 なんでも「傾向と対策」をやれば、よい点数が取れるのは間違いありませんが。背伸びして入ってきても、続くかどうかは定かでありません。
面接で読書歴を聞いても、ろくに本を読んでないから、ほぼ全員がたいした答えができません。

 例えば、吉本ばななと言う作家が好きだと言う学生がいると、こう質問が飛びます。

 質「どうして吉本さんは、(ばなな)とペンネームを名乗ったのですか。」
「ばななさんが好きで、たくさん読んでいるのではないですか。」
「そんなことも知らないで読み続けたのですか。」
答「キッチンと言う小説が好きですけど、ありふれたもの、と言う意味でばななと名乗ったのだと思います。」と言うのが一番陳腐な答えです。こう答えられれば良いほうです。もちろん見当はずれの答えではありますが。

 質問者の心中は「おいおい、無知なるがまま、幼いというかむちゃくちゃな答えだなあ。」というものです。

 あまりにも読んだ本が少ないので、その場で漫画を読ませて質問する形をとりました。傾向と対策が通用しないからです。

 さて、貴方が医師だったらどうすると言う設問でしたね。

 いつまでも漫画から顔を上げない学生(いつまで、時間をかけて読んでいるのですか。たかが漫画を。)、答えに窮していつまでも黙っている学生、ページを握り締めすぎて、ぼろぼろにしてしまった学生等々、予想外の反応が出て面白かったです。

 答「私が医師なら患者を受け入れます。」
質「医療費は誰が払うのですか。」

 答「命が優先されます。人命は地球より重いと言います。」
質「なるほど、それで医療費の支払いはどうなるのですか。」

 答「・・・。」「病院が負担すべきです。」
質「病院はどこも赤字で大変なんですよ。その点はどうですか。」

 一人だけこう答えた学生がいました。
「僕の金で支払うからと言って、治療をしてもらいます。」

 質「1人50万円かかるとして、20人から50人が押しかけてきたらどうしますか。貴方を名指しで。」

 実はこれに似たことが国立大学病院で起きているのです。

~ 連休の深夜に幼児を連れてきた外国人は。深いクレバス第三篇 ~

 この事件は2年前に、ある国立大学病院で実際にあったことを担当医から聞いたものです。ニュース・ソースの秘密を守るために固有名詞はお許しください。患者さんのプライバシーを守る意味もあります。
この件を聞いていましたから、コミック「医龍」の主張を一概に肯んじ(がえんじ)えなかった次第です。

 5月のゴールデンウイークの連休のさなか。深夜に救急車が大学病院に到着します。医師国家試験に合格して数か月の若手医師が当直しています。

 患者は幼児です。診断の結果は「風邪で熱があるだけだ。」というものです。
付き添ってきた父親である外国人は「お前は小児科医か、名刺か何か証明するものを見せよ」と要求します。

 小児科医ではないが内科医だ。ただの風邪だろうから、さほど心配することはない。小児科医に診てもらいたかったら、今日もう一度診察が始まってから来てください。

 という意味のことを伝えますと、小児科医を出せと暴れ回り、研修医の白衣の襟首をつかんで引きずりまわしたそうです。白衣は襟のところで、裂けて破れてしまったそうです。(肉体労働者なのか腕っ節が強かったようです。話を聞かせてくれた研修医は、身長が180センチくらいある若者でした。)

 騒ぎを聞きつけて、同じく当直の先輩内科医師が起きて来て、「俺が診察してやろう。」と診察しても結果は「風邪で熱があるだけだ。」というものでした。

 父親らしき外国人は「お前は小児科医なのか、小児科医を出せ。」と要求して聞きません。医師や看護師たちは暴力的な恐怖を感じたようです。
思い余って、そのセクションの責任者である教授を電話で起こして相談したところ、

「そんなに患者さんが小児科医に見てもらいたいとおっしゃるなら、小児科のA先生に来てもらいなさい。私からの依頼だと言いなさい。」とのことでした。(さすが教授は偉いですね)

 小児科医のA先生は、幸い在宅で、たたき起こされて大学病院まで来ました。診察の結果は、

 「風邪で熱があるだけだ。」というものでした。

 翌朝、研修医はネームプレートがちぎり取られている事に気づきました。それがないと,薬の処方ができません。(コンピュータのバーコードがついていて、読み取らせないと処方できないのは医療関係者ご承知のとおりです。)

 早速、幼児の母親(日本人だったそうです。)と連絡を取ったところ、すぐに返しにきたそうです。

 診察代金は一切支払われなかったそうです。

~ 外国人が病院に行くということ ~

 「アーロン収容所」「日本人の意識構造」等々、たくさんの古典的名著を持つ歴史家の会田雄次氏という方がみえました。氏はたしか「西欧ヒューマニズムの限界」という本の中だったと思いますが、イギリス留学の際の病院体験をこう書いていたようです。講演にお招きして、直接お話をお伺いしたこともあります。

 ロンドンで診察に当たった医師は「病気治療のためにイギリスに来たのであろう。(無料だからな)」ということを言い放った。

 同じように、名古屋大学の経済学部長をつとめられた故飯田経夫氏もロンドン留学時に歯の治療に行ったところ、「無料で治療できるからロンドンに来たのであろう。」という言葉を浴びせられたそうです。おまけに乱暴な治療で猛烈に痛かったそうです。

 両氏は福祉社会の一断面、日本の行く末を1960年代に危惧していました。これほどの経済発展は予期しなかったですが。
日本が裕福な社会であるうちは、そして病院に来る外国人が少数のうちは日本人の負担で治療もできますでしょうが。

 日本のような社会主義は一時的にはうまく機能しても、結局は行き詰るようです。制度にただ乗りして、負担なしに恩恵にあやかるものがどんどん増えてくると、制度は崩壊します。

 タクシー代わりに救急車を呼び、深夜だと会計課も帰宅しているのにつけ込み、国立大学病院は人命優先だから金の有無に関係なく診察してくれる、という情報が在日外国人の間で伝わっているようです。

 今年、すっかりたくましくなった冒頭の研修医に、最近の深夜の来訪者はどうですかと聞きますと、

 「深夜に救急車で来るのは、ほとんどが外国人です。」と吐き棄てるように言ったのが衝撃的でした。

~ 私が外国人を病院に連れて行ったとき ~

 もう20年以上前の話です。私の会社のグループ企業が所有している賃貸アパートを、英会話学校が借りてくれて何組かの外国人夫婦が入居していました。
うちでパーティをやろうということになりました。
お開きのとき、「何か困ったことがありましたら、電話ください。」と申し上げました。

 翌朝電話がありました。
オーストラリア人の男性なのですが、ガール・フレンドのオーストラリア人がインド経由で日本まで来たが、体調が悪い、近くの開業医に行っているが、「typhoid(タイホイド・腸チフス)の疑いがある。」と言われた、というものです。

 「タイホイド」と言う言葉は、学生時代東京で、アメリカ人学生旅行者の面倒を見たとき、覚えました。
当時はインドから東南アジアを通って日本に来る旅行者が多かったです。そしてよく腸チフスに感染して来ましたから。

 すぐに大学病院にいる友人の医師に電話しました。
「そりゃ大変だ。すぐ来てもらってくれ、但し君も来てくれよ。オレは英語が苦手だ。」ということでした。

 「レントゲンと尿検査等のもろもろの検査を行う。」と医師が宣言しますと、「保険証を持ってません。」ともじもじして切り出しました。貧乏旅行者の若者なのです。

 「そんな心配は要らない、看護婦さんの保険証を借りるから。」と言って付いていた看護婦さんの受診カードを借りていました。 「You need no pay」と訳しました。当時は保険者本人は10割無償でした。白人の患者さんは、ピンク色に頬を染めて何度も何度も厚く礼を言っていました。なお診察の結果は「単なる尿道炎でした。」
友人の医師はこんな話をしてくれました。

 この前モルモン教の伝道師が来診した。命にかかわる病気の疑いがあったので、「血液検査をする」と言ったら「オケン・オケン」と言うので、宗教的理由で拒否するのかと思って難儀したよ。
「保険証を持ってないし、2月後に本国に帰るから良い。」と言う意味だとわかるまで時間がかかったし、その間たくさんの患者さんを長く待たせることになったし。

 「金の心配は要らない。命にかかわる緊急な事態だ。」と言って血液検査をしたよ。
そのときも、「アリガトゴザイマス。」とすごく言われたよ。

 その大学病院では人命最優先と言うことで、職員の受診カードを使って無保険者の治療もしているとのことでした。

 なんとなくうれしくなった私は数週間後、県庁の厚生課みたいなところで「ちょっと良い話。」のつもりで披露しました。
すると、「それは公金騙取だ。」と言われてびっくりしました。「でも良いことをして、喜ばれて、不法利得はしていないんではないですか。国際親善上もよいのでは。」と言いますと、「むーん」と考え込んでみえました。

 それ以来、誰にもこの話しはしたことがありませんでした。

 現在ではこういったことはやれないでしょう。保険者本人でも三割自己負担になっていますし、厚生財政が逼迫しているのですから。
今度、坂口力労働厚生大臣が来社されたら、感想を聞いてみたい心地です。