野登寺の歴史、住職から聞く 亀山の野登小児童が地域調査 三重

【道山住職(右手前)から「鶏足山野登寺」の歴史について学ぶ児童ら=亀山市安坂山町の鶏足山野登寺下寺で】

【亀山】三重県亀山市立野登小学校(中西佐智子校長)の6年生計12人は5日、「野登地区の歴史を知ろう」と題して、同校区内の同市安坂山町の真言宗仏教寺院「鶏足山野登寺(けいそくさんやとうじ)」に出向き、第53世の道山麿輝住職(81)から、同寺の歴史について学んだ。

6年生は、総合学習の一環として、同校区内の伝統行事「かんこ踊り」や寺院など関係者からの聞き取りや実際に現地に出向き、そのルーツなどを調べている。同寺は延喜十年(910年)、野登山(ののぼりやま)の山頂に醍醐(だいご)天皇の祈願所として建立。その後、享保2年(1717年)に当時の亀山城主板倉重治が野登山のふもとに下寺を建立。現在は、山頂の寺を鶏足山野登寺上寺、ふもとの寺を同下寺として道山住職が下寺に住みながら、両寺の住職を務めている。

上寺の歴史について道山住職は「当時、山中で醍醐天皇の勅使(ちょくし)の前に3本足のニワトリが現れ、桑の霊木の千手観音菩薩まで導いてくれたことを天皇に伝えると、天皇は鶏足山の峰の方に合掌礼拝し、諸国の銘木を運ばせ、寺を建立した」とし、「本堂と庫裡、鐘楼(しょうろう)は市の有形文化財に指定されている」と説明した。

田中嵩悟さん(11)は「話を聞いて、ぜひ上寺に行き自分の目で寺を見たい」と話していた。上寺では毎年4月7、8日の両日、五穀祭を、下寺では8月10日に十日観音、同15日は施餓鬼(せがき)供養、12月31日には護摩祈祷(きとう)などの行事を行っている。