父の仕事場で背を見て育つ 黄綬褒章 表具師・藤原史紀氏(56)

【黄綬褒章を受章した藤原さん=度会町葛原の自宅工房で】

小さなころから表具職人として働く父親の工房が遊び場だった。寡黙ながらも熱心に働き続ける父親の後ろ姿を見て育つにつれ、物心ついたころには自然と後を継ぐことを決めていた。

度会高校を卒業後、京都府にある物部画仙堂に師事。6人の兄弟子と共に6年間の修業時代を過ごした。慣れない共同生活で、思い通りの仕事ができず悩んだ時期もあったが、周囲の助けも得ながら徐々に成長を実感できるようになった。

基礎的な技術を3年間学び、4年目からは掛け軸や障壁画などの技術も学ぶようになった。最後の1年間は気持ちに余裕ができるようになり、仕事ぶりを褒められたこともあった。「仕事以外の生活がしっかり出来る人が仕事もできることを学ばせてもらった。いい経験だった」と振り返る。

本格的に職人の道を歩み始めた当時はバブル経済真っただ中。ふすまの修復依頼を中心としていた店舗も、「自分から動かなくても待っていればひっきりなしに仕事が来ていた」ほどの好景気だったという。

しかしバブル崩壊で景気が下向きになるにつれ、受注する仕事の量も減少。住宅事情も変遷する中、これまでとは違った仕事の仕方を模索するようになった。

転機となったのは、県表具内装組合連合会が設立40周年を記念して受注した高田本山専修寺の「大涅槃図」(高さ7・3メートル、幅4・5メートル)の修復だった。

工程部長として、13人の組合員と協力しながら約3カ月間、修復作業に従事。「全てが未知数で不安もあったが得るものも大きかった」。成功を受け、掛け軸やびょうぶ絵修復といった仕事も受けるようになった。

受章について「先人の後を歩かせてもらっただけ。個人でなく業界代表でいただく気持ち」と話す。

自身が組合に加盟した平成10年から会員数は約4分の1近くに減少。後継者不足も課題となる中、近年は技能グランプリを活用した勉強会などを開催する。若手会員に対して「できるだけたくさんの仕事を受けて、目標となる人と出会ってほしい。自分にとってそれは父だった」と呼びかける。

<略歴>度会高校卒業後、家業の藤原詩光堂を継承。平成27年から県表具内装組合連合会副会長、令和3年から同会長。平成30年から中央技能検定委員。