古事記「共感与える物語」 三浦千葉大名誉教授が魅力講演 三重

【講演する三浦氏=津市大門の津市センターパレスで】

【津】伊勢新聞政経懇話会2月例会は17日、三重県津市大門の津市センターパレスホールで開き、三浦佑之千葉大学名誉教授が「『古事記』と三重」と題して講演した。「古事記は物語として非常に面白い。非常に古い要素を持っている」と魅力を語った。

三浦氏は講演で、伊勢神宮の始まりやヤマトタケルを巡る古事記と日本書紀の記述の異同から、古事記の特徴を読み解いた。

ヤマトタケルは「古事記で最も分量があり、面白い」「最期の場面は心を表わす歌ばかりで物語が展開する。岐阜から三重の北の土地を経巡りながら亡くなっている」と説明。「日本書紀では父天皇との不和は語られず、ヤマトタケルはいい将軍だが、古事記では親子の関係は修復されないまま、ヤマトタケルが死後に白鳥と化しても、日本書紀と違い、ふるさと大和を飛び越して語られている」と指摘した。

仁徳天皇(オホサザキ)が弟ハヤブサワケと大豪族の娘メドリの夫婦を謀反の疑いで殺した物語を紹介。鳥の名前を持つ3人のうちメドリが「高々と飛ぶ ハヤブサよ ミソサザイ(オホサザキ)なんぞはひとひねり」と歌ったのを、人づてに聞いた天皇が軍を整えハヤブサを殺そうとした。

古事記では夫婦2人は奈良県曽爾村まで逃げたが、天皇の軍が追いついて2人を殺した。日本書紀では、伊勢神宮へ向かい、曽爾村を経て、伊勢国に入ってから殺され、津市白山町家城の雲出川のほとりに埋められた。

三浦氏は「江戸時代に関西から伊勢神宮へお参りする伊勢本街道を通って逃げた。距離としては一番近い」と述べた。伊勢神宮に向かった理由について「神宮に入ると軍隊が手を出せなくなる。天照大神を祭るので自分たちが天皇になれると考えたかもしれない」と解釈した。

「古事記では伊勢まで逃げないで、手前で殺される。目的地へ行く前に殺されるのが、物語として非常に大事。共感を与える」と古事記の文学としての素晴らしさを語った。

三浦氏は昭和21年美杉村(現・津市美杉町)生まれ。古事記研究の第一人者。本紙で令和3年5月から12月まで「古事記と三重」を連載した。