<1年を振り返って>三重国体中止(1)県の対応 コロナ影響、初の中止 あり方問い直す声も

【一見知事に三重とこわか国体・三重とこわか大会延期の判断を一任した実行委=9月24日】

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、県は8月、9月から10月にかけて開催を予定していた第76回国民体育大会「三重とこわか国体」の年内開催の見送りを発表した。令和2年に国体の開催を予定していた鹿児島県は3年後の延期を決めたが、三重は延期開催も断念した。昭和21年に国体が始まって以来初の中止決定。相次ぐ変異株の登場でなかなか収束が見通せないコロナ禍で開催自治体などの負担も増える中、長年続いてきた国体のあり方を問い直す声もある。


8月21日、県は三重とこわか国体と、国体後の10月に開催を予定していた、三重とこわか大会(全国障害者スポーツ大会)を中止する方向で日本スポーツ協会、日本障がい者スポーツ協会、文部科学省に協議を申し入れると発表した。

両大会のうち、国体は長く、開催都道府県が総合優勝するのが慣例となってきた。三重が初めて開催地になった昭和50年の第30回国体も男女で三重が総合優勝。2巡目の三重とこわか国体に向けても県の主導で準備委員会を設立した平成24年以降、施設整備や競技力向上など計画的に準備が進められてきた。

コロナ禍の影響が色濃くなるとさまざまな感染症対策を講じてきた。昨年10月には、来場者の絞り込みや式典時間の短縮で選手の負担や感染リスクを軽減させるために、三重国体の総合開会式を「国体史上初前例のない取り組み」(県)のオンライン式典に変える方針も発表された。

今年8月17日には全競技の無観客試合を発表するなどぎりぎりまで開催の可能性を探ったが、県内でも急速にまん延する変異株への脅威が上回った。同21日に緊急記者会見した鈴木英敬知事は「断腸の思い、苦渋の決断で中止を申し入れた」と話し、関係者に理解を求めた。


当初令和2年に開催予定だった鹿児島国体は3年後の令和5年に開かれる。三重国体も、日本スポーツ協会の開催基準に従い6年後に改めて開く選択肢もあったが延期を見送った。鈴木知事から県政を引き継いだ一見勝之知事は9月22日の県議会全員協議会で「6年後に確実に延期できるかは難しい」と延期断念の意思を表明した。

会場地の市町への交付金を含め約130億円、最大で約182億円の追加経費がかかることや、各種支援制度があっても財政・人的課題への不安から開催地の変更や返上を希望する市町の声を無視できなかった。県によると6年後の延期となると正式37競技中11競技20会場分の会場地再選定が必要となり、限られた時間の中で県内外の市町との調整が可能か判断が難しいとの結論に至ったという。

三重国体の中止・延期の是非を巡る討論の中では、国体の簡素化・効率化を目的に、平成14年の地元国体で天皇杯・皇后杯獲得を目指さないと宣言し、一石を投じた高知県のような思い切った提言を期待する声もあった。

県議会11月定例会で今後の国体のあり方について質問を受けた辻日出夫国体・全国障害者スポーツ大会局長は「今までにない取り組みにも果敢に挑みその時代にふさわしい国体のあり方を追い求めていきたい」と答弁した。史上初の国体中止を経験した三重が後世に何を残すことができるのか、今後も注目していきたい。