伊勢 竹内浩三の詩、後世に 生誕100年、母校跡に記念碑建立 三重

【竹内の詩を刻んだ記念碑の横に立つ岡田実行委員長=伊勢市船江の船江公園で】

【伊勢】三重県伊勢市出身で若くして太平洋戦争で戦死した詩人、竹内浩三(1921―1945年)の生誕百年に合わせ4日、竹内の母校旧宇治山田中学校跡の船江公園(同市船江)で記念碑の除幕式が開かれた。

市民団体などでつくる実行委員会が、ネット上のクラウドファンディングや寄付で資金を募り建立した。同じ旧宇治山田中出身の先輩で映画監督、小津安二郎(1903―1963年)の記念碑が横にある。

記念碑は高さ90センチ、幅70センチ。竹内の詩「鈍走記」の一節「生まれてきたから、死ぬまで生きてやるのだ。ただそれだけだ」を御影石に刻んだ。文字は、竹内の自筆の中から一文字ずつ模写して刻み、竹内手書きの犬の漫画もデザイン。竹内の自由でユニークな人柄を表した。

除幕式には、竹内のめいにあたる庄司乃ぶ代さん(83)=津市=や鈴木健一市長ら約20人が出席し、詩の朗読などが披露された。

5歳まで竹内と暮らした庄司さんは「浩三兄ちゃんは、どんな時代でもがむしゃらに生きることが願いだった。碑に刻まれた詩が、若い人に呼び掛けているような気がする」とあいさつした。

実行委の岡田美代子委員長(84)は「多くの人の寄付で碑が建ち、この上ない喜び。浩三は空の雲の上にひょんと座り『おおきんな(ありがとう)』と言っていると思う」「若い世代に、浩三の明るく元気な作品と、その人柄や思いを伝えたい」と話した。