<衆院選みえ・攻防の裏側>川崎地盤、長男に譲る 世襲批判の中、強い執念

【衆院解散で政界を引退した川崎県連会長=津市羽所町で】

自民党三重県連が新人3人を擁立して「世代交代」を掲げる影で、川崎二郎元厚労相(73)が引退した。12選のベテランは世襲批判にさらされながらも長男に地盤を譲るという最後の大仕事に取りかかっている。

「地元の名士で伊賀の人にとっては特別」(自民党県議)という川崎家の三代目。私財を投じて伊賀上野城を再建した元衆院議員、克の孫、同じく衆院議員で元厚生相の秀二氏の子に当たる。

ただ、政界入りは順風満帆とは言い難かった。秀二の急死を受けて初めて旧三重1区から立候補した昭和54年の衆院選は次点で敗北。翌55年は当選したものの、58年は再び落選を喫した。

「川崎にとって楽な選挙は一度もなかった」と振り返るのは、川崎を中選挙区時代から見守ってきた支援者の一人。川崎は世襲議員ながら盤石ではない選挙戦を戦い抜いてきたからこそ、戦術が磨かれていった。

15年ほどの付き合いになる県連幹部は「選挙になると、いろいろな団体や会社に声を掛ける徹底的な選挙戦術をとる」と舌を巻く。「あの年齢でも記憶力がよく、会った人の名前を忘れない」という。

野党の出方も深く読む。9月の知事選で与野党相乗り候補を提案した幹部は「『絶対に相乗りを崩す動きがあるから、万が一の場合も考えるように』と川崎に言われ、実際にそういう場面があった」と明かす。

そんな川崎は地盤の三重2区を長男に譲り、県連会長として選挙戦に臨んでいる。公募せずに県連三役だけで決めるやり方は県連内からも反発を招いたが、衆院解散までに次期参院候補までまとめてしまった。

県連関係者は「どうしても長男に地盤を譲りたいという執念を感じた」。川崎は県連会長としては参院候補の動きを指示するだけ。選挙では長男の選挙区に集中。街頭演説など表舞台には立たず、支援者を回る。

一方、地盤としている足元の伊賀市で揺らいでいる。平成28年の伊賀市長選や31年の県議選伊賀市選挙区などでは、自ら擁立した候補者が相次いで落選。地元関係者は「求心力が低下している」とみる。

長男に譲った選挙区は野党候補との激戦となっている。これまで何度も落選を経験しながらもよみがえってきた政治家一族の川崎家。選挙の厳しさを誰よりも知る川崎は長男にそのバトンを渡すことができるのか。


県内でも与野党の10人が県内の全選挙区で激戦を繰り広げる衆院選。5回にわたって、各政党の攻防の裏側に迫った。