亀山 列車銃撃の犠牲者追悼 事件から76年、平和誓う 三重

【事件現場付近で説明をする岩脇さん(左端)=亀山市天神2丁目で】

【亀山】三重県亀山市の市民団体「戦争遺跡に平和を学ぶ会」(服部厚子代表)は2日、同市天神二丁目の中村公民館で、「亀山列車銃撃事件」を弔う追悼法要を行った。市内外から41人が参列した。

事件は、終戦直前の昭和20年8月2日昼過ぎに発生。民間人を乗せた亀山駅発鳥羽行きの列車が同市天神町の鈴鹿川鉄橋を渡り終えた時、米軍機(P51)2機の銃撃攻撃を受け、40数人の国民が死亡した。同会は、この事件を後世に伝えるため、事件の起きた8月2日に合わせ、5年前から「亀山若手僧侶の会・サンガ」による追悼法要をしている。

サンガの3人の住職による追悼法要の後、会員が説明板に新たに判明した犠牲者1人(9ヶ月の男子)を書き加えた計9人の名前を読み上げた。また、同公民館近くの現場では、同会の岩脇彰さん(60)が「ここで多くの軍人や民間人が犠牲になった」、「鉄製のレールにも弾痕の後があったと言われています」と説明した。

服部代表は「8月2日を、命の尊さと戦争の悲惨さを思い返し、平和への誓いを確かめる日にしたい」と話していた。

説明板に記した犠牲者9人は次の皆さん。

上村綱五郎さん、鈴木磯吉さん、大橋利夫さん、土井藤之助さん、平野新七さん、加太きみさん、伊藤照男さん、曽根さん(名前不明)の以上計8人と新たに記した高阪光雄さん。