鈴鹿 光太夫揮毫の掛け軸 赤久さんが市に寄贈 三重

【市に寄贈した大黒屋光太夫の掛け軸と、感謝状を手にする赤久さん=鈴鹿市役所で】

【鈴鹿】三重県鈴鹿市出身の経営コンサルタント赤久朝飛さん(44)=名古屋市南区=は12日、鈴鹿市の偉人大黒屋光太夫(1751―1828年)が62歳の時に書いた「福寿」の掛け軸1点を市に寄贈した。市は15日から7月19日まで、同市若松中一丁目の大黒屋光太夫記念館「春の企画展」で展示する。

掛け軸の書は縦約29センチ、横約46・5センチの大きさ。中央にローマ字式のロシア文字で、長寿を象徴する縁起のいい言葉として「ふくじゅ」の表記がある。1812年に書いた。現在光太夫が揮毫(きごう)した作品は40点弱確認されており、そのうちの1点。現在確認されている年記のある墨書の中で、最も若い時の作品になる。

赤久さんの父親で郷土史家の赤久作久良さん=同市江島台一丁目=が所蔵していたが、昨年12月に亡くなり、息子の朝飛さんが受け継いだ。

元々、杉本龍三元市長が結婚祝いに地元の名士、伊坂又右衛門から贈られた掛け軸で、平成18年に市が杉本家から借りて展示した記録があるが、その後の経緯は不明。6年ほど前、作久良さんが古美術店を通じて購入し、市に報告があったという。

来庁した朝飛さんは「自宅で良い状態で保存していくのは難しい。貴重な資料の市外流出を避け、市の研究の役に立てば父も喜ぶと思う」と話した。

末松市長は朝飛さんに感謝状を手渡し、「大黒屋光太夫記念館で大切に使わせていただく」と謝辞を述べた。

大黒屋光太夫は白子廻船の船頭。ロシア漂着し、帰国した最初の日本人として、蘭学の発展に貢献した。