明和町 斎宮誕生期に迫るミニシンポ 最新の発掘成果を報告 三重

【ミニ・シンポジウム「飛鳥・奈良時代の斎宮に迫る」=明和町斎宮のいつきのみや地域交流センターで】

【多気郡】斎宮歴史博物館は13日、三重県明和町斎宮のいつきのみや地域交流センターでミニ・シンポジウム「飛鳥・奈良時代の斎宮に迫る~最新の発掘成果の報告と討論~」を開いた。発掘調査を担当する同館調査研究課職員3人が初期斎宮の正殿と推定される建物の発見を説明し、用途について議論した。

同館は誕生期の斎宮の解明に向け、中枢域とみられる同町竹川の同館南部で平成28年度から発掘調査を進めている。今年1月に終わった調査で、飛鳥時代終わりの7世紀後半―8世紀初めの、塀で方形に区画された中枢域から正殿とみられる建物の跡が見つかった。

川部浩司氏は「正殿と推定される中心建物を確認できたことが重要な成果」「東脇殿のみ西側柱筋に沿うよう目隠塀が設置される」「区画は斎王の儀礼空間と推測される」と説明。「天武天皇による律令国家体制の整備を進めてきた時期に当たり、文武天皇に続く伊勢神宮祭祀の整備に関連して斎宮は造営されたとみられる」と述べた。

段丘端にある発掘現場の位置について山中由紀子氏は、「斎宮小学校のお子さんが体験発掘で勾玉(まがたま)形の石製模造品を見つけた。古墳時代の石製模造品は斎宮跡では初めての発見。祭祀(さいし)に使用されたと考えられ、お祭りをする非常に重要な場所だった」と解説。宮原佑治氏は「神聖な場という認識が飛鳥時代に踏襲された」と話した。

討論では司会の大川勝宏氏が「7世紀終わり、天皇を中心とした古代国家の形ができてくる延長に斎宮があって、伊勢神宮に特別な位置付けがされる。日本の歴史の鍵になる遺構を掘っている」と語り、「中枢区画で何の儀式をやっていたのか」などをテーマに意見交換した。

シンポは講座「さいくう西脇殿歴史フォーラム」の第5回、本年度最終回に当たる。例年復元建物の「さいくう平安の杜」で開いてきたが、コロナ対策で会場を変更。約80人が参加した。