<まる見えリポート>大紀町長選・展望と課題 谷口町政継承か変革か

【建設途中の防潮堤。手前右の築地堤防と奥の向井堤防をつなぐ形で中堤防の建設が進められている=大紀町錦で】

任期満了(3月12日)に伴う三重県の大紀町長選と町議選(定数11)が23日告示、同28日に投開票される。町議選は現職9人、新人5人が出馬する見通し。町長選は元町議の柏木昭久氏(65)=滝原=と、元副町長の服部吉人氏(62)=大内山=(50音順)の新人2人が既に立候補を表明しており、平成25年以来8年ぶりの選挙戦となる公算が高い。

町村合併以降の新町長として3期、旧紀勢町長を含めると通算7期27年の長期政権を築いた現職の谷口友見町長(81)が、昨年秋に引退を表明。谷口町長から後継指名を受けた服部氏は、昭和53年に旧大内山村役場に就職し、合併以降は教育長や副町長を務め、長く谷口町長を支えた「たたき上げ」の出自を持つ。

一方の柏木氏は、平成21年3月の町議選で初当選し、3期目途中の昨年10月に町長選出馬に伴い議員を辞職した。初代大紀町長を務め、昨年8月に亡くなった柏木廣文氏を父に持ち、谷口政権からの脱却と変革をスローガンに掲げる。

争点に挙げられている町政課題の一つが、津波対策事業として進行中の錦地区の防潮堤建設工事だ。

昭和19年12月に発生し、同地区でも64人の犠牲者を出した昭和東南海地震の津波被害を教訓に、26年から谷口町長肝いりの事業としてスタート。

計画は3段階で、まず錦漁港側に「築地堤防」(全長約205メートル)、続いて港湾を挟んだ南側の「向井堤防」(約317メートル)を建設。最終的に建設する「中堤防」(約264メートル)で両堤防をつなぐことで、錦港を海抜約8メートルの堤防で覆い、県が外湾部に設置している防波堤と二段構えで津波被害を防ぐ計画という。

2月現在、築地堤防と向井堤防はほぼ工事が完了し、残す中堤防は約3分の1に当たる84メートルが完成。これまで23億5600万円の事業費が投じられた。

当初、中堤防には漁船の航行に向けて開閉式の水門が設置される予定だったが、令和元年夏、谷口町長が急遽方針を転換。本来水門を設置する予定だった場所に幅約45メートルの開口部を残すよう指示した。

県は町の防潮堤工事に併せて、津波による河川への逆流を防ぐために奥川河口部に水門(高さ約16・9メートル、幅約52・5メートル)を設置する事業を計画していた。しかし着工直前になって町から計画変更の連絡を受けたため、事業を一時凍結させる運びとなった。

県の想定では、防潮堤を締め切ることで外湾部到達時の高さ約11・4メートルまでの津波を減衰できるよう工事を設計していたという。県伊勢建設事務所の担当者は「もし開口部を残すのであれば前提が崩れる。町の方針を待って何ができるかを考慮したい」と話す。

谷口町長は本紙取材に対し、方針転換の理由について、当初予定していた幅約45メートルの水門設置に想定以上のコストがかかるためと説明。現在港を往来する巾着網を使った大型漁船の持ち主の引退を見越して、数年後に20メートル前後に幅を狭めた水門を設置したい考えを示した。谷口町長は「だましたわけではない。残った任期中に手を打ちたいと考えている」と話す。

柏木氏は「地元住民への説明は十分でなく、莫大な費用に対してどれだけの防災効果があるのかは疑問が残る。工事を中止してその分の費用を福祉など別の事業に回すべき」と主張する。一方の服部氏も「理解を得ないと工事は難しい。一度立ち止まって有識者の意見を聞きながら考える必要がある」と慎重な姿勢だ。

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コロナ禍の中、それぞれ思うような政治活動を展開できない状況も続く。

1月上旬、服部氏の両親に感染が発覚し、活動自粛を余儀なくされた。別居していたことで自身の感染は免れたが、父幸男さん(91)はそのまま帰らぬ人となった。服部氏は「身をもって恐ろしさを体感した。もう人ごとではない」と話す。

町内の感染者増加を受けて、柏木氏の陣営も1月に入ってから一定期間の活動を自粛したという。専用の感染防止マニュアルを作成して対策を図っているとし、「事務所に感染が出たら終わり。高齢者も多いので難しい」と苦労を語った。