鳥羽 金胎寺の本尊見つかる 車庫から、火災で本堂焼損 三重

【約26年ぶりに見つかった薬師如来坐像(手前左)と観音菩薩像の一部を前にする(左から)長谷住職と江崎さん=鳥羽市の金胎寺本堂跡で】

【鳥羽】平成7年に発生した火災で本堂と共に焼損したと思われていた金胎寺(三重県鳥羽市鳥羽三丁目)本尊の11面観音菩薩や薬師如来坐像などが敷地内の庫裏から見つかった。奉賛会員で発見者の江崎満さん(72)=安楽島町=は「再建への要として何とか保存していきたい」と話している。

同寺は真言宗の開祖、空海によって天長年間(824―834)に建立された観音堂が始まりとされる。九鬼嘉隆の鳥羽城建築を境に天正年間(1573―1592)に当時城下町の現在地に移され、歴代藩主らによって庇護されてきたという。

しかし平成7年に発生した火災で、本堂など主要な建物や史料が焼損。本尊も長く行方が分からなくなっていたが、昨年12月26日に焼損を免れた庫裏の整理をしていた江崎さんと、18代住職の長谷密賢さん(35)が箱の中に入った仏像などを発見したという。

発見されたのは、同寺本尊の11面観音菩薩像の頭部や手足の一部と、津波被害を機に同寺と合併した潮満寺本尊の薬師如来像、棟札、仏具など約200点。薬師如来像は平安時代の作とされ、同市内に残る仏像としては最古の物という。

火災現場で焼け残っていた物を庫裏に保管していたとみられるが、先代住職らからは詳細を聞いていなかったという。火災による損壊は激しくほぼ炭化していることから処分を勧める声もあったが、江崎さんは「形が残っているだけでも違う。保存して再建への希望をつなぎたい」と話す。

長谷住職は「歴史によると、薬師如来は当時はやった疫病収束の祈願に空海が彫刻したと言われている。コロナ禍のこの時代に姿を現わしたことに何らかの意味があるのでは」と話した。