津 「寛政の一揆」の地巡る 観光ボラガイド研修会 三重

【町井友之丞について参加者に話す田中さん(左端)=津市榊原町の海泉寺で】

【津】三重県の津市観光ボランティアガイドネットワーク協議会(会員13団体)の現地研修会が22日、同市榊原町の海泉寺と周辺であった。1796(寛政8)年に津藩で起こった「寛政の一揆」の首謀者の一人として処刑された同町の庄屋、町井友之丞ゆかりの場所を「榊原温泉ふるさと案内人の会」(脇田光一会長、会員15人)が案内した。

会員の資質向上を目的に開催し同協議会の7団体から約40人が参加した。

一行は海泉寺裏手の山の奥まった場所で同一揆の計画をしたとされる岩穴「談議穴」や、明治時代に地域住民が建てた顕彰碑を巡った。

同寺では会員の田中萬年さん(77)が、獄中で町井が姉に宛てた書状を見せ「農民の困窮を救おうと一揆を犯したのだから死罪は仕方ない。救えた今は心安らかになっている」と辞世の句を解説。「(町井は)まだ30歳になっておらず勉強家で気高さがあったと言い伝えがある」と述べた。

同協議会の西田久光会長(71)は同一揆の原因を「藩の若手が農地改革を急ぎすぎたためあつれきが生じた。一般的な一揆とは違い極めて複雑」と話した。

「河芸『江』の会」の羽津本久治さん(69)は「一揆の話は興味深かった。他の地域の現地研修は楽しみの一つ」と感想を話した。