写真館夫妻「全て失った」 四日市の自宅放火あす判決 被告に悲痛な訴え 三重

【全焼したパール写真館の店内。壁には焼け残った写真が今も残っていた(21日撮影)】

住宅密集地にある自宅を燃やし、隣接する店舗兼住宅など2棟を延焼させたとして、現住建造物等放火の罪に問われた住所不定、無職喜多俊文被告(57)の裁判員裁判の判決が24日、三重県の津地裁(田中伸一裁判長)で言い渡される。公判では、焼け出され、経営していた写真館と住居を失った夫妻の妻が証人として出廷し、「自殺したい」という理由で自宅を燃やした喜多被告の犯行に巻き込まれた理不尽さを訴えた。喜多被告は火災を起こした事実は認めたが「延焼の危険性を認識していなかった」と主張している。

起訴状などによると、喜多被告は昨年2月21日未明、四日市市御薗町一丁目、木造2階建ての自宅の1階にガソリンをまいて何らかの方法で引火させ、自宅のほか、木造2階建て空き店舗を全焼、鉄骨3階建ての店舗兼住宅の一部を焼損させたとされる。店舗兼住宅は3つの区画に分かれており、写真館の夫妻のほか、別家庭の母子を含む計4人が暮らしていたが、いずれも逃げて無事だった。

写真館を経営していたのは須藤克さん(70)、眞弓さん(59)夫妻。克さんの父親が「パール写真館」の屋号で昭和30年1月に開業し、事件に巻き込まれなければ今月で65周年を迎えるはずだった。夫妻の店舗兼住宅は全焼しており、営業再開は不可能という。

一方、鉄骨造りのため、外観からは内部の焼損がうかがえず、夫妻の元には今も「写真を撮ってほしい」という依頼が舞い込む。先日、パール写真館で成人式の写真を撮った女性が「娘の成人式でも」と依頼したが「断るしなかった」(眞弓さん)。

「パール写真館で撮った写真は家族の履歴」と話すのは、川越町で産婦人科を経営する伊藤雄幸さん(73)、重子(68)さん夫妻。夫妻は家族写真の撮影を毎年依頼し、年賀状に使っていた。重子さんは「子どもが赤ちゃんの頃から撮っているので、あそこの写真館しか考えられない」と語る。雄幸さんも「子どもが一番いい顔をしている一瞬を逃さずに撮る」と克さんの腕を評価する。

地域の人に親しまれてきた写真館は一晩で廃業に追い込まれた。

眞弓さんは検察側の証人として出廷した法廷で事件を振り返り「犬の世話をするため、たまたま一階で寝ていて火に気付いた。主人を起こし、犬を連れて裸足で外に出た。夫婦で30数年間やってきた店が燃えるのをただ見ていることしかできなかった」と述べた。

家具や衣類をはじめ、長男が中学生の時、空手の世界大会で優勝した時のトロフィー、克さんが営業写真館協会の大会で金賞にあたる総理大臣賞を受賞した際の賞状など、思い出の品も全て燃えた。事件の1年半ほど前には約500万円かけて撮影機材を更新。「あと10年頑張ろうと思った矢先に全てを失った」。

夫妻は今、四日市市内のワンルームマンションで生活している。生計は眞弓さんのパートが頼りだ。パートを2つ掛け持ちし、朝から晩まで働く日々。眞弓さんは公判で「時々、何のために働いているのか分からなくなる。店も生活も全て戻してほしい」と喜多被告に訴えたが、喜多被告は終始うつむき加減で目を合わせようとしなかった。

喜多被告はこれまでに一度も定職に就いたことがなく、平成29年の春頃からは生活保護を受給。経済的に困窮し、将来を悲観して自殺を考えたと主張している。一方、田中裁判長が「仕事ができるようあなた自身が努力すべきだったのではないか。その状態で『先が見えない』と言われても」と諭す場面もあった。

公判では喜多被告が住宅密集地にある自宅を燃やした際、隣家に延焼する危険性を認識していたかが争点になっている。

検察側は喜多被告の自宅と延焼家屋の距離が約95センチしか離れていないことやガソリンを使用している点を強調。懲役8年を求刑した。一方、弁護側は「死ぬことで頭がいっぱで延焼の危険性を認識していなかった」として、現住建造物等放火罪よりも量刑が軽い非現住建造物等放火罪にあたると主張し、執行猶予付きの判決を求めている。

人的被害がない放火事件で、裁判員がどんな答えを出すのか。注目が集まる。