<みえの事件簿・中>志摩の自宅放火事件 家族との確執、深く

【平成30年10月、男が放火して全焼した自宅=志摩市阿児町国府で】

志摩市で両親らと無理心中を図ろうとし、自宅に放火したとして、現住建造物等放火の罪に問われた男(45)=懲役4年の判決確定=の裁判員裁判。10月に津地裁で開かれた公判では、男と両親ら家族との間に何十年に及ぶ確執があったことが検察、弁護側の双方から語られた。障害を理解する難しさ、家族間の確執の深さ、再犯防止のための具体策は何なのか。そんなことを考えさせられた裁判だった。

判決によると、男は昨年10月7日深夜から翌8日未明にかけ、両親と祖母が就寝中の自宅で、ガスコンロで点火した雑誌を自室の紙類に差し込み、木造平屋建家屋約157平方メートルを全焼させた。両親と祖母は逃げて無事だった。

男は公判で「家族と一緒に消えたいと思った」と述べ、起訴内容を認めた。放火の理由は男が持っていた家族への不満。公判では男が自閉症と軽度の知的障害を抱えていること、小学生の頃から放火事件を起こすなどし、家族と溝が深まっていった過程が明らかになった。

検察側の冒頭陳述によると、男は小学生時、津市の県立高茶屋病院(現・子ども心身発達医療センター)に通院。中学卒業後は障害者支援事業の作業所などで働いた。一方、男は小学生の時、山や田んぼの小屋などに放火。平成9年ごろには祖父にしかられたことに腹を立て、祖父の漁師小屋を全焼させた。25―30年の間には隣人方の窓ガラスを割るなどし、5回精神科病院に入院した。

「放火の状況に魅了されて興味や好奇心を持ち、引きつけられた」と述べたのは、証人尋問で出廷した男の精神鑑定医。刑事責任能力の有無を問う鑑定留置の際、男は鑑定医に「火を付けて楽しい」と語ったとされる。鑑定医は男を放火症とは診断しなかったが「その傾向はある」と述べた。

一方、鑑定医は「両親が障害(についての正しい知識)を理解していなかった」と語った。男を精神科病院に入院させた両親の対応については「全て病院に任せてしまった」と指摘。その上で「(男の障害は)大幅な改善は期待できないが、周囲が理解を示して適切な対応を取れば、社会的逸脱行動には一定程度治療の可能性がある」と述べた。

だが、証人尋問の最後に検察側が代読した男の父親の意見陳述は、男への明確な拒絶だった。「何十年と身の危険を感じて暮らしてきた。怖くて一緒に生活することはできない。妻も同じ気持ち。自分がしたことを親や周りのせいにし、反省する能力がない。同じことを繰り返さないためにも刑務所に入ってほしい」。

両親から拒絶され、男は出所後どのように生活するのだろう。弁護側は公判でグループホームへの入居を提案したが、鑑定医は「入れてくれるグループホームがあるのか疑問。ただ、単身生活ができるとは思えないし、ずっと病院に入院させるのは人権上問題」と述べていた。

男に言い渡された判決は懲役4年(求刑・懲役6年)。現住建造物等放火罪の法定刑の下限は懲役5年だが、田中伸一裁判長は「矯正教育による更正を期待できる側面もある」として酌量減軽を適用した。更正の可能性は、矯正教育以上に男を理解し、受け入れてくれる環境が出所時に存在するかどうかではないだろうか。