伊能忠敬の富士山測量 志摩に記念碑建立 三重

【伊能忠敬の富士山測量を記念して建てた記念碑=志摩市の国府白浜で(志摩市提供)】

【志摩】江戸時代に日本全国を測量して地図を作成したとされ、昨年没後200周年を迎えた伊能忠敬が富士山を測量するために立ち寄ったとして、三重県志摩市は同市阿児町国府の国府白浜に記念碑を建立し、26日に除幕披露した。

同市生涯学習スポーツ課によると、伊能忠敬は60歳となった文化二年(1805)の6月17日、本土最南端とされる同所を訪れ、富士山を測量したという。こうした史実を見える化して発信し、新たな観光名所として地域振興につなげるのが狙いとしている。

碑は花崗岩製で縦約1・5メートル、横約2メートル。今年6月17日に撮影した富士山の写真を陶板としてはめ込み、左下のバーコードをスマートフォンなどで読み込むと、忠敬の測量に関する説明などを見ることができる。9月中旬から今月下旬にかけて予算約230万円をかけて作成した。竹内千尋市長は「ぜひ今度の初日の出は伊能忠敬に思いを馳せて欲しい」と話している。

またこれに併せて市は12月15日、同市磯部町迫間の市磯部生涯学習センタ―で午後1時半から、伊能忠敬研究会特別顧問の星埜由尚さんによる記念講演と映画「伊能忠敬―子午線の夢―」の上映会を開く。問い合わせは同市歴史民俗資料館=電話0599(55)2881=へ。