2019年8月11日(日)

▼広島県の高校生らと戦争や被爆体験を受け継ぐ活動の発表で、松阪高の坂口恵さんが、次の平和への一歩として「人に伝えて心に残してもらうこと」をあげた。広島女学院高の田口谷絢音さんも被爆者の記憶を次の世代に伝えることを目標とし「白黒写真では遠い過去に感じるので、VRなどで身近に感じてもらえたら」

▼戦争、被爆体験を風化させまいとする若いエネルギーが頼もしいが、時代は変わった。長崎の原爆の記録映画を見たのは北海道の田舎の小学校でだ

▼白黒で、影絵のような人の列が水を求めて川へ向かう。眼球が飛び出していたり、はがれた皮膚を引きずって歩く。水を飲むと死んでしまう。川が死体で埋まり、壁に焼き付けられた人の影。ただただ怖かった。うめき声のような効果音と恐怖は今も残る

▼放射能が黒い雨となって降ってくると子どもも大人も信じていた。井伏鱒二の小説『黒い雨』はそれからずっと後だが、怖くて読む気はなかった。それでも原爆はすぐ隣にあった。江原真二郎さん、中原ひとみさん結婚のきっかけとなった映画『純愛物語』(昭和32年)は不良少年、少女の無軌道と矯正施設暮らしで展開し、後半突然少女が体調を崩し、原爆症で死ぬ

▼学生運動のバイブルとされた高橋和巳の小説『憂鬱なる党派』の主人公も広島出身の原爆症だった。恐怖が時折ヌッと顔を出す。原爆禁止の声は今よりずっと大きかったが、声をあげずとも当たり前の感覚だった

▼今は禁止条約の意義を日本の首相が否定する。隣から消え肌感覚ではなくなった。風化が止められない難しさだ。