亀山列車銃撃事件から74年 無念さ伝える説明板設置 三重

【説明板の横で目の当たりにした事件当時を語る中根さん=亀山市天神2丁目の中村公民館で】

【亀山】三重県亀山市の市民団体「戦争遺跡に平和を学ぶ亀山の会」(服部厚子代表)は2日、亀山市天神二丁目の中村公民館で、「亀山列車銃撃事件」を後世に伝える説明板の除幕式を行い、同会関係者や地元住民、当時の銃撃を目撃した人ら計50人が参列した。

同公民館敷地に設置した説明板は縦約2メートル、横1・2メートル。市民ら約200人の募金を活用した。「一瞬にして命や生活を奪われた人々が、無念さや戦争の非人間性を伝え、人々が平和について考え続けるきっかけになることを願っている」と記している。

同事件は、終戦直前の8月2日昼すぎに発生、民間人を乗せた亀山駅発鳥羽行きの列車が、同市天神町の鈴鹿川鉄橋を渡り終えた時、米軍機(P51)2機の機銃攻撃を受け40数人の国民が死亡した。

当時中学生で自宅から銃撃を目撃した中根弘毅さん(88)は「首のない赤ちゃんを背負った女性が、自宅に助けを求めて駆け込んできた」といい、「薬きょうが家の屋根にバラバラと落ちてきたことを覚えている」と説明板の横で語った。

服部代表は「事件から74年目のきょう、多くの人の協力で説明板ができたことに感謝します」と礼を述べた。亀山の若手僧侶の会「サンガ」による追弔法要もあった。