戦国時代の土師器発見 伊賀・上野城跡内 成瀬平馬家長屋門の門扉周辺 三重

【発掘された土師器の小皿=伊賀市役所で】

【伊賀】三重県の岡本栄伊賀市長は2日の定例記者会見で、旧上野城内に位置する成瀬平馬家長屋門(伊賀市上野丸之内)の門扉周辺から戦国時代の土師(はじ)器が見つかったと発表した。築城された時代よりも古い時代の土器が出土したことから、城が建造される前にも人が生活していたとみられる。岡本市長は「上野の街の成立にヒントを与える発見」と語った。

見つかったのは小皿の3分の1ほどを残す土器片。全体では直径約9・4センチと推定され、油を注いで火をともす「灯明皿」として使われていたとみられる。地表から深さ55センチにあった柱穴から発見された。15世紀末から16世紀初めごろのものとされる。

調査は今年1月18、19の両日に市教委が長屋門の改修工事に伴って実施。長屋門の北側と門扉の内側を掘削した。今回の調査では長屋門の北側の地表から深さ50センチの地点で柱痕も見つかっており、長屋門が建設される以前に別の建物が存在したとみられる。

上野城は16世紀後半に築城された。それ以前は平楽寺という寺院が建っていたとされるが、具体的な場所は判明していない。土器などから人が生活していたことが推定されるため、岡本市長は「平楽寺の解明につながるかもしれない」と期待感を示した。