光太夫は1度帰郷 帰国後、江戸に幽閉 鈴鹿で古文書展示 三重

【光太夫の里帰りについて紹介する展示の数々=鈴鹿市若松中1丁目の大黒屋光太夫記念館で】

【鈴鹿】三重県の鈴鹿市はこのほど、同市若松中一丁目の大黒屋光太夫記念館で、春の企画展「光太夫の里帰り」を開き、市指定文化財の古文書「大黒屋光太夫らの帰郷文書」を中心とした39点を展示した。7月15日まで。

光太夫はロシアから帰国後、江戸で幽閉されて生涯を閉じたと考えられていたが、昭和61年に市内で発見された同古文書から、一度だけ故郷の鈴鹿に訪れていたことが分かったという。

古文書25点のうち10点を展示し、光太夫の里帰りの様子を紹介。帰国した光太夫らを故郷に帰さず江戸に住居させるという内容の通達文書、玉垣村に光太夫の母が生存しているので里帰り中に訪問したいという内容の申請文書など、貴重な史料の数々が並ぶ。

そのほか、新史料発見の前後で発表された小説を展示し、光太夫の人物像描写の変化を比較している。

所管する同市文化財課では「光太夫が故郷に帰ってきていたことを知ってもらうとともに、人物像の違いを見てもらえれば」と話していた。

大黒屋光太夫(1751―1828年)は江戸時代の船頭。嵐でロシアに漂着したが、約9年半後に帰国し、日本の蘭学発展に寄与した。