野田之一さんが死去 87歳、四日市公害訴訟原告、唯一の存命者

三重県四日市公害訴訟の原告で唯一の存命者だった野田之一(のだ・ゆきかず)さんが気管支ぜんそくのため、市内の施設で死去した。87歳だった。自宅は四日市市塩浜2839。葬儀・告別式は27日午後1時から、四日市市芝田1丁目5の31の四日市中央斎奉閣で。喪主は妹しづゑ(しづえ)さん。

野田さんは石油化学コンビナートに隣接する塩浜地区で漁師をしていたが、二酸化硫黄を含む排煙で大気汚染がひどくなり、四大公害病の一つ「四日市ぜんそく」を発症し、昭和40年に公害認定された。

42年、四日市公害の原告の一人として認定患者8人と共にコンビナート企業6社を津地裁四日市市支部に提訴した。同支部は47年に企業の責任を認めて6社に8800万円の支払いを命じた。

平成12年ごろから四日市公害の語り部として活動を始め、27年に四日市公害と環境未来館(同市安島)が開館してからは小学生らに自身の体験などを伝えてきた。同館展示室やホームページで野田さんの証言映像が現在も視聴されている。