戦時下の亀山振り返る 「列車銃撃事件」追弔法要も 三重

【戦時下の亀山について解説する小林館長=亀山市東町の市市民協働センターで】

【亀山】市民団体「戦争遺跡に平和を学ぶ亀山の会」(服部厚子代表)は2日、三重県亀山市東町の市市民協働センターで、「戦争と平和を考える市民のつどい」を開き、市歴史博物館の小林秀樹館長(53)が「戦争のころの亀山」をテーマに、小学校教諭の岩脇彰さん(57)が「亀山列車銃撃事件」について講演した。戦争経験者や戦後生まれの市民ら60人が参加した。

小林館長は、市民らから寄贈された同館で所蔵する出征兵を見送る家族や戦時下の物資の配給用「衣料切符」、木銃を持ち銃剣術訓練をする実業学校の生徒、昼生村女子青年団が縫った「千人針」などの写真をスクリーンに投影しながら、戦時下の亀山を解説した。

当時小学校を卒業し、実業学校(現在の市立亀山中学校付近)に通っていた、石河豊さん(89)=同市北町=は「校庭で訓練をしていても空襲警報が鳴るたび、防空壕に身を寄せていた。関町の地下工場で戦闘機の機銃や弾薬の製造にも関わっていた」と振り返り、「二度と戦争の経験は味わいたくない」と話した。

講演終了後参加者らは、同市天神町の中村公民館に移動し、昭和20年8月2日に同町で、米軍戦闘機による機銃掃射で一般乗客ら約40人が犠牲となった「亀山列車銃撃事件」の追弔法要に参列した。