松浦武四郎生誕200年 松阪発祥の井村屋が授業 「十勝日誌」巡り語る 三重

【小野江小学校6年生の授業であいさつする浅田会長=松阪市小野江町で】

【松阪】北海道の名付け親として知られる三重県松阪市小野江町出身の探検家、松浦武四郎の生誕200年を記念し、同市発祥の井村屋グループ(津市高茶屋七丁目)などは21日、小野江小学校で武四郎の「十勝日誌」を取り上げた授業をした。同社は小豆産地の北海道・十勝地方と原料購入でつながりが深く、十勝日誌の現代語訳を出版して同校などに贈呈している。

同社は創業120年を迎えた昨年、武四郎の情報発信をしている「たけしろうカンパニー」(津市一志町虹が丘)の協力を得て十勝日誌の現代語訳を4千部製作し、同市と津市、北海道帯広市の小学校へ寄贈した。

授業は6年生約60人が出席。浅田剛夫会長は「十勝日誌を読んで一番感動したのは、現場へ行ってものを知る姿。山へ登って、川を下って、アイヌと一緒に生活している」とあいさつ。鈴木英敬知事も参加し、「武四郎さんは好奇心旺盛だった。違う民族の生き方を認め合った。みんなも違う考え方、国の人と仲良くなってほしい」と呼び掛けた。

松浦武四郎記念館の山本命主任学芸員が十勝日誌を巡り、同社が小豆についてそれぞれ話した。山本氏は「武四郎は1858年、石狩川流域をさかのぼり、雪が硬くしまった時期を選んで十勝越えで十勝を訪れた。雪山の中で寝泊まりして、たき火が夜遅く消えてしまい、体が凍り付いて『助けて』と口が動かなったけど、アイヌに助け出された」と語り掛けた。