事件報道一筋50年 津市出身の80歳記者、服部さん引退へ 三重

【電話取材する服部さん=津市の県警記者クラブで】

新聞社とテレビ局を渡り歩き、三重県内を中心にスクープを追い続けた事件記者の服部良輝さん(80)=中京テレビ三重支局=が、5月末で現役を退く。通算50年近くの記者人生を振り返り、「しくじり、苦労しながらも一つ一つベストを尽くして取り組んできた」と語った。

津市香良洲町出身。地元の定時制高校を卒業後、報道車両の運転手募集をきっかけに昭和34年に毎日新聞中部本社に入社し、三重や愛知県内で記者生活を送った。平成5年に定年を迎えると、経験を買われて翌年中京テレビに入社。各社の若手記者が集まる三重県警担当として、多くの事件や事故を経験してきた。

高齢の事件記者は全国的にも珍しいといい、中京テレビコーポレートコミュニケーション部をはじめ、警察や報道関係者は「定年後もこの年まで事件記者を続けてきた事例は聞いたことがない」と口をそろえる。豊富な経験を持つ「生き字引」として、歴代の警察関係者や記者から一目置かれる存在だ。

過去には伊勢湾台風や山岸養鶏場の脱走事件、名張毒ブドウ酒事件などの現場に立ち会ってきた。中でも印象に残っているのは平成25年8月、帰宅途中の中学3年の女子生徒=当時(15)=が襲われて死亡した通称「朝日町事件」。

当時18歳の男子高校生を容疑者として特定し、他社に先駆けて「犯人逮捕へ」の第一報を報じた。日夜各社との取材競争に追われたが、「20年に一度の事件。とにかく一番忙しかった」。

スクープ報道後、ある警察幹部から呼び出しを受けた。「捜査妨害だ。本当なら出禁(出入り禁止)を求めるところだがこれまでの仕事ぶりや人間性を考慮にした」と告げられたという。

記者について、「激務。競争社会で休みも少ない」とする一方、「大きな事件で他社に先行してスクープをつかんだときは喜び」と後輩にエールを送る。

引退後は夜討ち朝駆けの日々に別れを告げ、家族との旅行を考えているという。

「もっと勉強して普通の高校を卒業していれば違う人生もあったかもしれない。でも記者にはなれなかった。けがの功名だと思う」と話し、「できたらもう少し記者を続けたかったが、惜しまれて辞めるのが華かな」。惜しまれつつ、半世紀にわたる記者人生を全うする。