「鈴鹿関」の歴史ひも解く 亀山でシンポジウム 三重

【鈴鹿関について解説する中川学芸員=亀山市若山町の市青少年研修センターで】

【亀山】三重県の亀山市歴史博物館は27日、同市若山町の市青少年研修センターで、奈良・平安時代の日本古代史をテーマに、「鈴鹿関・伊勢国府・斎宮と聖武天皇」についてシンポジウムを開き、市民ら約70人が歴史を学んだ。県立斎宮歴史博物館(明和町)など共催。「かめやま文化年2017」関連事業。

古代三関の一つで、同市関町新所の「鈴鹿関」について、同市歴史博物館の中川由莉学芸員は「律令で定められた関で、天皇崩御や謀反など、国家の一大事に門を閉じ、通行を遮断する『固関』を行い、国家体制を守る重要な役割を果たした」と解説。「日本書記によると天武天皇元年(672)に、鈴鹿山道を塞ぐと記されている」と述べた。

また、中川学芸員や鈴鹿市文化財課の新田剛課長、県立斎宮歴史博物館職員ら4人が出演したシンポジウムで、亀山市まちなみ文化財室の山口昌直室長は「平成17年度より『鈴鹿関』の遺跡分布図の作製にかかり、これまでの発掘調査などで、当時の瓦や土塁を確認している」と説明。「鈴鹿関を管理していた『伊勢国府』との関わりや斎宮との関連性など、遺跡から歴史に興味を持ってほしい」と話した。